おじさんは 引退と言うことをほとんど考えたことがない。現在 ガソリンスタンドにバイトとして週2日働いているので、耄碌(もうろく)して職場の皆さんの足手まといとなるまでは・・と思いながら ボチボチ働いている。
船舶設計・不動産の仕事からは 65歳で引退させていただいた。歳を取ればケアミスなどをカバーするのも面倒であり、周囲に迷惑をかける恐れもあり、注意力・思考力などを使うことからは 引退させていただいた。無理をせず 他人とコミュニケーションを取りながら、毎日頭を動かし 体を動かすことが仕事の基本と思っている。おじさんの父も不動産業をしてたのだが、父の残したトラブルなどを以前処理した経験がある。そんな原因は 父の年齢が60歳を超えた頃からの 少しの確認不足から発生していると気付いた。そういう訳で 65歳以降は 設計・不動産業など注意力を使う作業はしない方が良いとした。チョットしたミスが 大きく迷惑を掛けることを意識しての行動である。
仕事を単なる労働と考えるか?社会との繋がりと考えるかなど、色々な考え方は有ると思うが、自身に合わせて仕事を選択していけば良い。バイトなどせずに家庭菜園 あるいは代々の田畑を守り農業するなども、人それぞれである。
人生で最も愚かと思うのは 自己肯定を伴った線引きあるいはレッテル張りである。社会との関係が無くては人は ある意味貧しい生き方しかできない。金があるから云々と言う話ではない。社会の一員としてどうか?と言う問題である。健康に問題あれば社会参加するのも限定的となるのは当然であるとは理解しているが・・その中でどこまで 人と関わり合いを維持して行くのかとの問題になる。おじさんより1歳年下の幼馴染よっちゃんは 3月で会社の嘱託を辞めたのだが、自治会の役員は続けている。昨年は おじさんと交代するように 半分近くを入院生活していた。今年になり 奥さんと二人で家庭菜園を耕したり、孫の送り迎えをしている姿をよく見る。今週も雨の中 共に傘を差してゴミ集積場の前で顔を合わせた。一言・二言言葉を交わして別れた。 誰もがタイミングにより生き方を変えれば良いし、変えれるように普段から自己研鑽・成長を計って置くのが大事だと思っている。しかし 能力が低下する肉体年齢などを考えて やれる仕事も限りがあるので、考えておくことも大事である。おじさんの婆さんからは「習ろて捨てるは いと安い」と小さい頃から聞かされていた。婆さんの子供の頃 学校に行かせて貰えなかったことに起因するのであろうが、無駄になるのも承知で 人と関わり 色々学ぶべき あるいは趣味・興味を持つべきことを伝えていたと思っている。
健康に問題なく 周りに迷惑を掛けないなら・・75歳までは!働きたいと思っている。