コーヒー直後に鉄瓶に入れて沸かす茶を 伊藤園の煎茶パックから ほうじ茶パックに切り替えたのだが・・味が一歩馴染めない。正直 好みに合わないと言うか?もう少し濃く個性が出ると良いのだが・・と思っている。もう少し下卑たと言うか、田舎くさく しみったれた貧乏くさいお茶を求めたので・・足りない。小学校時代 学校には小遣いさんがいて、昼の給食の前に大きなやかんで 大鍋で煮だしたようなお茶を配ってくれた。何度も干して使ったような 浮かんで舞っていた大きな茶葉を思い出す。

 どうなんだろうと考えると 京の煎り番茶の様に 本当に最後に刈り取った茶葉 つまり最下級の番茶を炒ったようなものが手に入ればと思っていた。また時間を見つけてネットで探し 注文すれば手に入る時代であるので、現在のほうじ茶飲み終える頃 お茶探しが決まる。実を言うと 姪が京都のお茶屋さんで アドバイザーをやっているので、抹茶をばあ様に送って来る。そんな訳で・・姪に頼むことも考えている。使えるものは何でも使え・・と心の片隅に生まれる。しかし お茶パックでないと後仕舞も面倒なのが難点である。まあ おじさんは基本我儘なので・・・生意気に好みの美味しいお茶が好きである。

 抹茶を飲むことは 最近減ってしまった。中学・高校の頃から勝手気ままに冷蔵庫から抹茶の缶を取り出し、茶筅で適当にかき混ぜて飲んでいた。たまには封を切ってはいけないブランド物のお茶もあったようで・・しばしば ばあ様などから恨み言の様な話を聞いたのを思い出す。自分で金を出してまで飲む気力はないのだが・・コーヒー替わりに飲んでいた。重ねて言えば 茶室あるいはその作法に関心は無かったが・・家にある古い茶杓(ちゃしゃく)と茶筅(ちゃせん)そして適当な茶碗があればどうにでもなる。コーヒーパックが一般的になる前までは 適当なアウトドアで水を汲み 一人野点(のだて)を楽しんだ。今も使っている鉄瓶とコールマンのシングルバーナーで 昼の弁当替わりのカップ麺を持ちながら どこででも楽しめた。なお 四国は狐がいないので、水を汲んでもエキノコックス症などの心配はない。

 また 腹が空けば・・スーパー・コンビニで適当な弁当などを買って食べていた。最近はほとんど ばあ様と一緒なので・・バイクなどで ひとり散歩・ツーリングすることも無くなった。何事にも順番はあるのだが・・このままだと おじさんの楽しむ順番が来ないで 終わりそうにも思えて来る。気付いた時には・・遠出も出来ない体になっていそうで・・中々厳しいものがある。 先日からギターを取り出して弾いてみると・・ダメだこりゃ!とのことになってしまったことから・・微かな焦りも生まれて来た。

投稿者

おじさん

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