昨日からTVerにて「薬屋のひとりごと」を視聴したのだが、よく出来た作品と思う。本日は早くも第21話に入っている。トントン拍子に見ているのだが、こうなると地上放送TVなどは不要に思えてくる。課金すればそれなりに自由に見られるので、TDL同様で 課金すれば効率的にアトラクションに乗れるのと同じである。世の中金次第で・・と嫌な考えに至る。育ちが貧乏なのと 昭和の3丁目の夕日的な環境で育ったので、こんなことを知るのは あまりいい気はしない。それでも今の世の中で どうこうと言った議論もされないので多くの方が認めているからであろうと想像している。それ故 声を上げる気もしない。課金・差額が妥当と見なされているからと思っている。

 おじさん 高校時代は進学校だったので成績によって著しく差別を受けたことを思い出す。高校時代は成績順でクラス分けするような学校であった。高校1年の時は ビリクラスで下から数えた方が早かった。2年生でミドルクラスのトップ 3年生でトップクラスに入れとの話になったがお断りした。そして 3年生の最終模試などではトップクラス上位と並んでいた。おじさん 昔からサボりなのと寝起きが悪いので しばしば遅刻気味で校門に辿り着くのだが、成績が上がり教師に顔が売れるにしたがって扱いが変わっていく。そんな訳で悪友と同じように捕まっても・・おじさんは見逃してくれた。お陰で 悪友から「お前は 上手い!」と何度も言われた。

 成績の良くなった原因は1年生の時 トップクラスであった友人からノートなどを見せてもらい、基本的な勉強方法について理解できたからである。人の才能・学力には大きな落差はないのだが、育て方・付き合い方を間違えると上手く育たない・・そんなことを高校時代に体験したので子供を育てる際、注意して見守ることが出来た。しかし大体は放置していたので、子供はエラそうにしながら 誰の世話にもならずに育ったというか?一人で育ったような顔をしている。

  そして不思議に思うのは 人間における「きっかけ」である。先程書いたが おじさんの成績アップは同級生のノートと書き方 そして書かれたコメントにあった。これで 勉強の仕方が理解出来て それなりの成績になれた。しかし2年の後半が来て トップクラスに在籍していたノートを見せてくれた同級生は おじさんの在籍していたミドルクラスに落ちていた。そして3年生の時にはビリクラスになっていた。人が変わるのは些細なことが影響するのだろうが・・同じような育ちと環境で・・どうして大きく変わるのか?今もって 原因・理由は明確ではない。多分 自分自身の心が 才能・学力の差を大きくして舞う要素が大きいのだろうと理解している。

 先の同級生は 当時最下位クラスと言われた「日東駒専」を出たのだが・・・子供が進学する時代 先生をやってた同級生から「日東駒専 アッパーミドル」と聞かされた。時代は変わり 評価・考え方も変わっていった。

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おじさん

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