只今 瀬戸内芸術祭2022開催中であるので、TV・ラジオなど各メディアで取り上げられる。島に渡るフェリーなど直ぐ出来るし、原チャリ・バイクでフェリー乗り場に行けば、駐車場の心配もなく渡れる。ところが・・正直鑑賞に出かけていない。日々の生活に追われ、ばあ様の見守り・バイト・家庭菜園で過ぎていく。関心が無いわけではないが・・体が動こうとしない。楽しむという感性が乏しいことが、主因とは思っている。

基本的には機能美に関心が行ってしまったのが、おじさんの基本生活スタンスである。芸術というか?美について、考察などしたことはない。

30代でプラント設備・タンクなどの設計を始めた。そして引退直前も仕事自体の中心が船舶設計という、一種の工業デザインであった事によると思っている。機器・タンクなどとそれを結ぶ配管などの組み合わせ状態を創るのが仕事であったためと思う。

30代は広いスペースに物を置いて、配管・電線で繋いで全体形を作る。40代以降は限られた空間スペースで同じことをしていた。

要するに、仕事にかまけて・・美を味わう・鑑賞することを休んでしまったようである。まあ 日々の生活に追われるが・・芸術などは目を向けたい方向でもある。それ故 人生の長いことを希求している。

芸術

それに芸術というものに、あまりなじみがないというかよく分からない。子供の頃から絵を描くなどは好きだったと記憶にはある。描いた絵だとか、工作などが市内の子供の展覧会などに何度も出品され、横に金銀の紙が貼られ褒められた記憶はある。小学校の頃は 先生から何やかやと声を掛けられ提出した覚えもある。それが中学校になると・・・一切縁が無くなった。

それに向いの家の兄弟が芸術関係の大学に進み、何やら怪しい事・行動を色々するのを見ていた。時代的にも岡本太郎さんの影響か?半ば芸術は「驚かすこと」のような感覚を持ったせいで、あまり関心がなくなったと思っている。なお向いの兄弟の一人は地元で高校の美術教師、もう一人はサラリーマンをしていると聞いている。

そう言えば 大原美術館で『アルプスの真昼』セガンティーニンヌ(?)を見て以来、原っぱの描き方(多色が重なる)に凝った覚えがある。対象物を色鉛筆で何色も重ねて描いてみるなどしていた。今思えば・・そんな事をしていたところが・・なぜか恥ずかしい。

でも感動し真似ようと一心になったことは事実であり、思い出である。

機能美

おじさんは設計を生業にしていたこともあり、見た目の美しさにはこだわりがある。取ってつけたようなことが嫌いで・・必然性を感じさせる設計を心掛けた。

設計を長年続けていると三角法という形式でものを書くと、立体として頭の中にイメージが出来てしまう。また立体のイメージと言うか写真を見ているような形で考えれば、仕事の大半は済ますことが出来た。頭の中の写真を 実際の図面に起こすだけとなる。従ってパソコンの前に向かわなくても大半の仕事は出来た。頭の中の3次元キャドに作図しているようなものである。

従って脇から見ていれば・・遊んでいるように思われた。奥さんから何もしてないというような小言をよく聞いた。本人は目の前に風景写真のようなものを見ているのだが、理解はされない。

工業デザインでは一定のパターンというか規則性を見せることは最低限の材料・工数で作れるので望ましいことでもあった。職人さんの錯誤を避けるという目的にかなう。

従っておじさんの芸術という名の「美的感覚」もそれを根底に特化した感もある。まあ仕事で作った感性であり、おじさん自身の求めて来たものは、一種の機能美と思っている。

それにどこか自分でやらないと、描いて見ないと・・物事の本質に近づかないとの思いもある。されど毎日が 何かと忙しく過ぎていくが、その成果というか?作ったものは 家庭菜園の作物程度である。まあ おじさんは「小市民」であるので当然とも感じている。

投稿者

おじさん

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