65歳を超え、急激に肉体的強度が落ちてきたように思う。おじさんは毎日「雨ニモマケズ 風ニモマケズ 雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ 丈夫ナカラダヲモチ 慾ハナク 決シテ瞋(しん:怒ること)ラズ」・・宮沢賢治を見習い・・散歩は欠かさない。以前は一気に1万歩以上歩いていた。最近は2回程度に分けて8000歩前後である。一気に歩いても6000歩程度で疲れてくる。負荷を戻そうとも思ったが、友人の膝痛を聞いて無理していない。寒さもあるかと思うが、おじさんも膝が重いことがある。風呂に入り温まれば収まるので、無理するのは禁物としている。季節が良くなれば 膝の重たさも無くなると思う。

以上の肉体状況なので 現状の更なる運動負荷の増強は考えていない。暖かくなってと考えている。同級生で鉄人レースに出ていたのが、ペースメーカーを入れたのを知ってからは 無理をしない。彼を見ていたので「過ぎたる無理」もいけないと思っている。

他人と比べない

全ての運動などはマイペースを守るのが大事である。マイペースで問題なければ少し負荷を上げ、徐々に変えていく。強度に対応出来なければ、負荷を落とすか練習メニュー・方法を変えていく。なお おじさんは 生活・勉強なども大体同じと思っている。

大事なことは「他人と比べない」ことが第一である。これは生活すべてに言えることであるが、他人と比べることは不幸になる第一歩である。集団の中で生きていて「上を見ればキリがない 下を見ればキリがない」ことに気付けば・・・どう生きるかを知り・考える手助けになる。

人間 目標の設定と計画過程(チャレンジメニュー設定)で誤ることが多い。目標を設定するのは自由であり 妨げようとは思わない。だが自己を知ってから、目標への見方・考え方を調整しなければ、メニュー設定は無理であることを伝えたい。

単純に考えて欲しいのだが「勉強は出来るが 人間としてどうだか」と知人に思ったことは無いだろうか。物あるいは人は相反する面がある。目標にも相反する点があり、変えようと思う自身にも相反するものがある。全てを同じにすることは元から無理なことだと気付いておくべきである。

このこと 子育ての際も同様である。隣の芝生は青い状態・・・分かちゃいるけど止められないことである。止めるためには 自らに癖を付けるか、悟りを開かなければ思考方法は変わらない。

失敗

おじさんは食事などである程度注意すると同時に散歩などにて 糖尿病になるのを防いでいる。若い頃から食いしん坊であったので、年相応に節制する時期を外してしまった。医者に 若い頃と比べ老化でインスリンの分泌が悪くなっているので、食事には注意してくださいと言われて10年程になる。直後から食事量を考え、体重を落として2時間血糖値が許容範囲になった。だが最近 体重がいくらか増え、2時間血糖値の落ちが悪い状態となっているようである。年齢と伴に 代謝が落ちて来たのが原因と思っている。大好きな食べることに どう付き合うかを考えないといけない年齢となってしまった。

以上の原因を考えると やはり50代になる頃、注意するべきであり 自己を過信した失敗であると思う。何事もトラブルに気付いた時には遅れている。

今 考えれば50代になる頃に他人と比べるべきであった。老化はある程度一様に訪れるので、友人・先輩の健康診断の話に耳を傾ければ、飲み会の食事風景を見ているので、少し早く自己判断が出来たかと思っている。「他人と比べないことが第一である」ことに拘らなればよかったとも思えてくる。

ここで 先に言った逆のことを 「いけシャーシャー」と書いている・・・おじさん 人間が出来ていないので、諸兄にはご寛容ください。

もっとも自分を責める気は毛頭ない。性格的に「人生に後の祭りは付き物 誰にも失敗はある。」と軽く受け流しておしまいにする。次はどうするか、対策を考えるだけである。人間失敗しないと骨身に染みつきません。

先ずはお知らせ方々 ご注意申し上げますので、おじさんのようなドジをされないことを 祈念申し上げます。

投稿者

おじさん

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