昔の旧制高校の愛唱歌に デカンショ節というのがある。元は丹波篠山の民謡である。この一節に「先生、先生と威張るな先生! 先生 生徒の成れの果て・・」というのがありました。正鵠を射た話であり、先生は先生として生まれたわけでなく、最初は生徒であったわけで 真理をついています。おじさんの学生時代はまだこういった歌が 飲み会などで歌い継がれていた時代だったので、そんなに不思議とも思わなかった。

 更に デカンショ自体がデカルト・カント・ショーペンハウエルを短く繋いだ言葉のように聞いていた。これについては 神戸在住だった叔父から丹波篠山にある民謡が原曲であり、篠山でも歌い継がれる盆踊りのようなものと聞いた。そんな訳で 多分旧制高校学生などの洒落・パクリが最初と思っている。近代哲学の雄達が並ぶのである・・フランス合理主義のデカルト、ドイツ観念主義のカント(研究者により見解が分かれるが・・) そして幸福論のショーペンハウエル 語呂が良い。そしてメロディも同じである 

 おじさんも 歳だけで言うと成れの果ての範疇に入っているので・・仕方がない。晩節を汚さぬように生きていけたらよいとだけは思っている。子供の成れの果てが老人であり 事故でもなければ・・誰もが辿り着く点である。人によっては若い頃から 色々なことに励んだ結果を見せてる方もいる。おじさんのように適当に生きていても・・慣れの果てに辿り着いてしまった人も多いのである。

 今朝 ゴミを捨てに集積場に持っていった。その際 近所に住んでいるT 君と鉢合わせした。久々に会ったのだが・・急激に痩せている。眼帯をしているので「どうした?」と尋ねると、「自宅内で転倒して・・救急車で高松中央病院に運ばれて・・CTを取り異常が無かったので1日の入院で帰って来た」との話を聞く。確か おじさんよりも4歳年下なので・・コケるには チョット早すぎるんじゃないのと思った。そうは言っても 事故はいつ起こっても不思議ではないので・・思い込み過ぎと自己反省する。なお 眼帯は目の周りのクマ隠しとのことであった。話していると 日々衰えているのが分かり・・寂しいものだとのことまで言う。確かに顔にシミと皺が多く出て来たようで・・まあ お互い様である。

 昨日はO君が教育会なる組織の集金に来た。元教師の方で作っている組織であるが、昔 補導員をやっていた経過から・・おじさん教員でもないのに組織に入れられた。会の世話人であった恩師などから 入ってくれと頼まれたのだが・・その恩師も先日亡くなった。ソロソロこちらも潮時である。彼も5年前に退職後の衰えは隠せない。

 今日は昼から 厳島神社の境内に除草剤を撒く予定である。本宮では夏越の茅の輪くぐりなどがあるのだが、こちらは直接関係ないが・・6月21日には自治会で境内の清掃作業を予定している。時間的に作業直前には 雑草が枯れていることが望ましいので、梅雨の晴れ間である本日 おじさん一人でボチボチ作業する予定である。それにしても大宮側の頭屋の動きが悪く、大宮境内には草が多く生えている。この時期は梅雨による雨と気温で雑草は直ぐ伸びて来る。大宮の頭屋じゃないので 口出ししないことが基本である。昨日 神社のサカキに水の補給に行ったのだが・・数日での雑草の成長変化に驚いた。

 成れの果てともどもと

 今日も適当に生きてます

 最期に 漫画「なれの果ての僕ら」があり、実写版もあるようです。でも おじさんに言わせりゃ 極限話であり 人によりけりもありますが・・修正が効くかと思います。字を見ると「なれ」がひらがなで・・そこに意味を込めたのかな?と推察しています。おじさんの年齢になると修正しようとしても・・心と体が付いてきません。何処か 辿り着いてしまっていたとの 寂しいところがあります。でも まだまだ人生楽しまないと・・・いけません!

投稿者

おじさん

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