孫の食い初めへの出席で 超久々の新幹線に乗った。おじさん昔と言うか?サラリーマン時代は ある意味技術系の担当者であったので、日本縦横十文字 朝一番から深夜まで 飛行機に乗り、新幹線に乗り 日本国中を出張先としていた。週の半分は地方に出張している生活を 5年ほど東京で勤めたので、お酒の席と言うか?懇親会などが無くて行ったこともないのは 青森・岩手・沖縄の3県庁所在地だけである。大体のスケジュールは おじさん自身が設定することなく・・先輩・後輩・上司・部下に連れられるままに 旅して泊り・何のためか分からないような宴席に招かれて・・時間を潰し、酔っ払いながらも・・ヨイショして適当にやっていた。バブルが去ったと言えども、まだバブルの余韻冷め切らない時代であった。お世話になれば・・ゴチになれば・・お返しすると言う お互い様 単純明快な原理で行動していた。おじさんの仕事での中心は 客先の技術的疑問に回答するなどで・・営業に連れられたり、単独など色々であった。しかし 飲み会は多かった。

 そんな生活に疲れるなどしていたが 同時に父親が間もなく死ぬと分かり、子供も都会で育てるべきか?などと考え、会社を辞めたのだが・・会社退職後は生活が一転した。半年ほど遊んで、設計仕事を見つけてからは 毎日ドラフター・CADの前で日々を暮らす様になってしまった。お陰様で 時代の流れだったのか? それからは発注先と電話・メール(通信ソフト&モデム)での連絡が多く・・遠くの会社は半年に一度程度 車で伺うだけで、後は宅配便で済ませることが多かった。そんな訳で 仕事を辞めてからは 30年ぶりの新幹線乗車となった次第である。

 そう言えば サラリーマン時代は 東京駅から100km圏であった高崎・宇都宮は 最寄りでの工事などがあった場合には、現場監督を下請けさんにお願いして、おじさんは 定期券で週に1度以上新幹線で通っていたこともある。今で言う軽井沢・高崎から都心への通勤にも似ていることをやっていた。

 昔は時刻表で出張時のスケジュール・行程などを決めたが、今ではパソコン・スマホである。おじさんの時代にも 乗換案内などのソフトはあったが、電車の発車・着時間などは実際ではなく、参考扱いだったので 最後の確認は時刻表であった。現在の検索基準は検索時間における最適で実際のものが優先表示されるので、急ぐ場合は使い易い。しかし「もし 途中で・・寄り道」となった場合は 元に戻るなどの余計な操作が必要になる。言わば「小さな親切 余計なお世話」状態がついて回るのである。

 特に おじさんのようなタイプでは 時刻表を眺めながらシュミレーションしながら 楽しむことが出来ない寂しさがついて回る。時刻表のPDFはないかと 探すと路線ごと・駅ごとのようなものとなる。そして商用利用のソフトしかないようである。 おじさんノリテツしてた高校生の頃 時刻表を見ながら乗るべき電車そしてルートを探して 走る電車の中・部屋の中で終日遊んだ事がある。そんなワクワクした気分を味わいたいと時刻表(今もあるが・・)を買えば・・また奥さんから余計なものをと言われてしまう。そんな訳で 今回は「行き当たりばったり・流れるままの旅」でもするかと 先ほど決めていた。別段行きのスケジュール以外は 追われることも無い。奥さんに引っ張られるのかな?それが唯一シャクのタネです。

 最期に 話は変わるが おじさんの孫の一人は ドクターイエローのファンであり、ドクターイエローのバックパック、筆箱などのグッヅをしばしば持って我が家に来る。先日 獅子舞を見たいと言い、箱で獅子頭を作った孫である。当然おじさんは獅子舞へ御花を奮発して 孫からのお願いは聞き届けた。JR西日本のドクターイエローの機関区は岡山だったので、親に無理を言い ラストラン・機関区開放行事などは 応募して家族で参加していたようである。なお 今回は岡山駅構内にドクターイエロー商品を軸にした売店を見かけた。寄って見たかったが・・奥さんの後姿を追うのが忙しかった。

 孫にも テッチャン気質・祭り気質は

  ・・伝わるのか?

投稿者

おじさん

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