本日は 広瀬神社のお祭りがあるのだが・・おじさん サボって不参加である。ばあ様もいるので・・参加すれば 昼まで拘束されるので、ばあ様の見守りも出来なくなる・・その点からもサボるのが一番である。参加したら参加したで、最弱年なので 無理矢理末席で鳴り物を渡されるのも億劫である。まあ 先々週 祭礼に伴う「お燈明銭」集めを手伝ったので・・それで十分か?と思っている。

 そう言えば 今年の祭りでは 前にかかげる御神灯提灯が破れ、新調すると言っていたが・・・どうなったのだろうと気には掛かっている。祭りの準備と開催は老人会の仕事と割り切って、出ていないのでその辺りが分からない。また 近年は飾り幕も相当色褪せて来ており、押しピンで止めるなどした個所に破れが出来ていた。これも年数たてば・・やり直さなければいけない。水道などバブル前の所得倍増・イケイケ日本の時代に作ったインフラが段々老朽化して来たのと同じである。おじさんが 幼稚園の頃 井戸から水道に変わり、小学生の頃 自治会館が建設され、バブル直前の高校生の頃 広瀬神社の拝殿が建て替えられた。

 同じ頃 厳島神社も拝殿が建て替えられた。道路建設に伴い移転したのは小学校低学年頃だが、昭和42年頃に 現在の玉垣などの境内のあらましが出来上がった。その後 平成26年?に 現在の拝殿を建て替え完成した。右肩上がり時代の賜物である。

 それ故 大体のものは 昭和・平成の時代に作ったりやり変えたものが 時代の経過と共に老朽化して来たのである。令和となり 致し方がない情勢となっただけである。現在 自治会館は再建築の話が出て具体的な行動を取り出した。時期的には20年近く遅れた状況であるが・・前に進みだした。現在建設資材・人件費などが高くなり出したので、それも時代のなり行きで 仕方がない。しかし時代と共に自治会館への要求も変わった。

 例えば葬祭は自宅などで行なうことは無くなり、殆どは葬祭会館にて行われる。従って地域の互助組織である「同行(どうぎょう)」なども形骸化してきた。その為 同行などが炊事して接客などをすることも無くなり、自治会館を使う用途も無くなってきた。また 自治会員にも年寄りが増えたので、床などに段差のない構造 そしてトイレなどの水回り設備。そして会などでの机椅子などの備品などその仕様は年長者に配慮しないといけない。また 祭りの際は若い衆が使うので、それに合わせる必要もある。まあ 建物としては 多用途で欲張りで安価であることが求められる難物である。 時代が変わりつつある今 どうゆう選択が最も良いのか?それなりに頑張っても、文句が出て来るのが建築物である。家を建てて 二日もすれば後悔が生まれる。「ああしてれば良かった」と思うものである。まあ どう考えても文句が出やすいので、中心で差配する人間は・・大変である。

 思い出深い太鼓台について話すと 平成の頃 皆さんに無理を言って、22金本金巻の金糸で太鼓台の幕などを作った。現在本金の金糸での刺繡幕製作は 金の高騰と 糸自体が一度手を出せば 糸癖が付いて再使用出来ない特性から、縫師では刺繍製作は政策は受けて貰えない。そんな訳で ソフト金の一種である蒸着金糸などを使用するのが 現在一般的となった。浜西太鼓台の幕・・普通に考えても・・現在では 再製作不可能である。昔々 関係役員として 無茶を通していただいた自治会の皆様への感謝はしきれない。ひいき目に見ても 現在の価値は 掛けた金の5倍近い価値となっていることが・・嬉しい。

 評価は 後で決まることなので・・

  そう 気にする必要はない!

投稿者

おじさん

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