先週は「あかね噺」を昼間 作業をしながらも TVerで流すように聞き流しながし、再度見るというか?聞き流しを繰り返す。正直 このストーリーは ほとんど覚えているので 映像はなくても・・良いと言うのが本心である。今週は「昭和元禄落語心中 助六再び編」で同じことを繰り返している。まあ 好きなので 仕方がないことであると我ながら呆れている。

 噺の内容が 落語の伝承にまつわる話が多いので、人の長い一生が語られていく。するとおじさん自身の 衰えていくわが身を思いながら・・ままならぬ世の中で 右へ左へと動かされ 踊らされながら生きている・・それが普通のことと思い、竿を差すことなく流される。人間どこまで行っても 不自由さは付いて回る。逆に流れがあるからその中で どうするべきかと考えてしまうものである。

 落語は基本師匠から習ったとおりに覚えて演じる。従って師匠が同じ一門の落語は同じである。現在のように文字で書き起こされて 多くの噺が残っているが、速記の成立する明治初期からその歴史は始まった。そしてこの流れが 明治の言文一致の現在の国語・文学の基礎となって行った。

 特に有名なのが 人情 噺で人気であった落語家 三遊 亭円朝の「牡丹灯篭」などがある。寄席での実際の興行は 数日にもわたる噺であり一回限りで終わる芸能が書物の形になることによって周囲に 与えた影響は大きかった。またその寄席小屋も小さく100名足らず収容の規模であり、それが出版により多くの人に伝わる影響は大きかった。 現代まで続く落語 その歴史の中での流れを思うと どこか人の姿が見えて来る。おじさんの感覚なので人様には言わないが・・・大事な感覚と思っている。工業技術も同じようなもので ある種の勘所が掴めなければ伝わることも無い。マニュアル外のことが多いので、名人とまでいわないが 先達に付いて回って会得するしかない。そんな 当たり前なことが分からない人が 多い時代となったようである。

 世の中 野暮のコンコンチキが

  増えたようです!

投稿者

おじさん

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