「ありおりはべりいまそがり」は、古典文法における存在・断定・丁寧の助動詞の総称です。 これらの助動詞は、文章の意味や敬語レベルを決定する重要な役割を果たします。 現代語では「である」「ます」などで表現される内容が、古典では細かく分類されて使い分けられていました。おじさん 今日ブログ書き始めて何気にこの言葉を思い出した。長らく 覚え忘れていた古典のフレーズである。

 おじさん 高校の頃は 理科系でしたが 家の事情もあり 私立に行くことを最初から諦めていました。受験科目は五教科での受験をしなくてはいけなかった。数学・理科等と違い文系の科目である古典・漢文など範囲が狭く 安定して得点が出来るので・・好きであった。現在では先に共通的試験で 本学での試験は理系に特化して編集されているのでそれなりの難度で収まる。おじさんの時代は 共通的試験はなく、本学一発試験なので 各大学で理系での数学・理科によっては捻った問題も多かったので文系科目で安定して得点できることはメリットであった。

 おじさんの受験時代の大学受験で言えば、共通的試験は 関西では関学 東京では立教などで出題され 短時間で高得点勝負を求められたものに似ている。そんな訳で これらの大学受験では スピードと速読・読解力を求められた。

 そんな事情から おじさんは高校内模試などでは 文系科目で高得点となることが多かった。その為 志望は理系であったが 周囲からは文系と思われていた。苦手な科目が数学と理科で・・高校二年生まで それなりの得点しか取れていなかった。化学は覚えれば 何とかなっていたが、数学・物理が分かり出したのは 微分積分を習い理解出来た高校三年生始めからであった。微分積分が理解できると 物理の力学などが素直に理解出来て・・後は坂道を転がるように 全体が分かっていった。

 その為 勉強で無条件に覚えると言うか?記憶するだけが 全てではないと理解しておくことが大事じゃないかと思っている。公式を覚えるのではなく 公式が導き出された過程・道筋を理解することが大事だと思っている。この考え方の方が 多くの場合に適応できるのである。覚えるだけでは その理由を理解することが難しく、迷うことを断ち切ることが出来ない。つまり 基礎がしっかりしない段階・構造では・・次に進むのが難しい。

 会社を経営するには簿記が理解できないと・・どう金繰りなどをするかなどの判断が甘くなる。その簿記で例えるのでがあるが、現在は多くの会社で会計ソフトなどを導入している。多くの場合 前例に従って会計ソフトで入力すれば・・ほぼ決算書類まで 迷うことなく持って行ける。簿記など キッチリ学んでいなくとも、会計の仕組みを知らなくても結果が出て来るのである。しかし 仕分けの基本だけは外すことが出来ない。そんな状況なので 商業高校を出て 会社で数年経理を経験して それなりに仕事が出来ると思っているが・・特異なことが出て来ると途端に仕事が出来なくなる。でも仕事の場合は 顧問の会計事務所などに問い合わせれば 事なきとなる。 うろ覚え状態でも それなりにやっていけそうなのが 現在のAIに伴う流れである。しかし 理想状態が常にある訳ではない。いかに突っ込んで学ぶかに 真価が出て来る時代である。

 物事は 単に覚えるだけでは足らない

 しっかりした 基本理解が大事である。

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おじさん

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