非正規雇用では 結婚できないと言うような、言説を良く目にする。おじさんは ある意味分かるが理解できない。おじさんの時代感ではフリーターについての認識差が大きいことが原因と思っている。非正規は自身に才能があると思い、仕事にロマンと言うか夢を持ってチャレンジした結果が多いと思っている。勿論 正社員となりサラリーマンの階段を昇っていく決意・行動も良しと思っている。またおじさんが 脱サラ後自営し、大手の会社より仕事を頂きながら生活していた。これも究極的に言えば非正規同様である。

 大望あるほど・・準備時間は長くて当然と思っている。やりたいことがあるから 普通の社会人・正社員にならないという選択である。大型ジェット機が滑走路をいっぱいに使って加速・離陸していく景色にも似ていると思う。

 しかし 最終的には自己責任で人生を切り開くしかない。非正規なので結婚できないと決めてしまう あるいはことさら強調することは批判したい。夢を追いかけるためには 非正規雇用もありな世界であり、問題になるのは 人間の筋目の通しかたで・・夢が叶わぬと分かった後は、粛々と引くことと生きざまを考えないといけない。

 逆に女性も この男の夢ならば 助けてやりたい・一緒に歩きたいと思えば・・話は変わる。今もホスト・キャバ嬢・芸人に貢ぐ方もいらっしゃるので、潜在的にいないとは断定できない。

 運悪く出会えず、同時にそんな酔狂あるいは器量の大きい女性は 数的には少ないと思うが・・おじさんは知人が良い女性に巡り合ったことも知っている。その為 男女ともに傷つくのを恐れ踏み出せないことが 最も大きい原因と思っている。飛び込む勇気と言うか・・見た目に 上手くカッコよく気取って生きたいことを 優先した結果と思う。傷つくことを恐れてばかりでは・・と思ってしまう。「沼ってしまう」との流行り言葉がある以上・・誰にも・何処にでもあることと思う。

 正直 明日のことは誰も分からない。おじさん やって後悔するより、やらなくて後悔する方が大きいと感じてる年寄りです。

変化

 最近の雇用についての記事を読んでいると、自己の不都合な点を雇用形態に投げているだけと思っている。おじさんはバブル崩壊後のフリーターのイメージがあるので そう思う。社会全体が 豊かで何とか若者がアルバイトなどで 自由に短期的に暮らせるからと考えてしまう。学生から社会人になる新卒時に選択すれば良いだけ思っていた。おじさんの非正規に対する考え方は現在の50歳以下とはえらく違うようである。

 変化の原因に能動と受動による差があったからと思う。つまり社会人デビューした時 正社員になることを選べた世代と就職口が無くて非正規にならざるを得なかった世代の相違である。おじさんも その時代 脱サラして自営業者として苦労したので多少は理解出来る。しかしそんな時代の結果をズルズル引っ張って! 何年も その流れのまま生きてきたことの「あほらしさ」に気付かぬことが痛い。フランス革命のマリーアントワネットの「パンが無ければ・・」と同様に解されても意に反するので、これ以上は言わない。「痛い」とだけ伝える。

 最後に 昭和・平成初期と平成中盤以降は非正規になるのも価値観が違うのは理解できるが、そのままで過ごしているようでは・・個人の問題と言える。この辺りからは生きる技術・能力などの問題となる。性格もあるが それを配慮・考慮し過ぎては 対等な大人と見做せない。人により ものを背負い込んで潰れるものあり、背負わないので無責任に生きる者あり、引きこもりもあり・・人それぞれでもある。ある意味高学歴でも 発達障害などが影響する場合などもあり、こればっかりは個人差が大きい。

 昔から「甲斐性がない」と 亭主は奥さんから一言で処断されるパターンであるが・・本人にこれといった自覚はないことが多い。まさに「暖簾(のれん)に腕押し」「つかみどころがない」などパートナーから見れば・・あてに出来ないからであろう。 

 おじさんも脱サラした後 家族など背負っているものを考えて、どうあるべきかと考えたこともある。人それぞれと思うが、背負っているものを 今一度考えるのも人生が変わる起点となる。

行雲流水

人がどう変わるか分からないが・・

健闘を祈る!

投稿者

おじさん

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