こんな年金額で暮らせるか!と多くの方がネット映像・ニュース映像に映ることが多い。だが考えてみれば 国民年金は全額・厚生年金の半分は加入者が支払い、あと半分は事業主負担である。ということは・・納めなかったものが 今さら不平を言うんじゃないと思ってしまう。払っていなかったことは今さら覆せない。「そこまで言っちゃあ お終いよ」男はつらいよの寅さんじゃないが思ってしまう。

 身近に土建屋の社長など 身近に昼となく夜となく派手に遊んでいた方を多く知っている。ほとんど 今では年金は国民年金だけと思う。当時彼らが 俺いくらと高給を誇りながら、社員は日給月給で働かせていたのを知っている。日給月給で働いていた社員さんは国民年金加入のみであったことはお気の毒と思う。でも・・付いて行く人間を間違え 変わらなかったのは、自身の責任であると思う。そして 代が変わって引き継いだ息子は仕事と金繰で走り回っており・・その息子の子供はサラリーマンをしていることが多い。

 おじさんも日給月給の社員と同じ様な立場になって働いたこともあったが・・脱サラ後 数年で直接造船会社等に縁あって独立・取引させて頂き、仕事をいただけるようになった。そんな経験もあるので 多少なりとも日給月給のような不利な立場での苦労も理解している。

 運・不運もあるが・・今さら過ぎたことに文句を言っても仕方がない。老後までを考え どう歩くかを決めることは本人しかできない。流されるままになったことなど・・後から言っても詮無い(せんない)ことである。

 おじさんは 実態が事業主兼使用人(労働者)であったので、年金の支払い原資は日々の稼ぎからである。義兄が役員、社員はいたが1名のみであり、あとはパート・外注さんで彼女らは 扶養家族生活などを考えておられた。その為 お金という面からの考え方で簡単に言うと、現時点で給料として取り 税金を払いながら個人で貯めるのか? 国に預けて将来年金として受け取るのか?という問題になった。厚生年金を掛けるには 当時は会社を設立しなければいけなかった。しかし 掛かる費用などを節約あるいは利益を減らして節税など、遣り繰りすればそれなりに経営出来ると判断した。もちろん給料はそれなりであるが、経費も使える。

 社員1名は高い給料で雇うことになるので、バッチリ仕事してね!とは思っていた。しかし 人をアテにして痛めつけられた経験も多かったので・・過分には考えなかった。

 事業としては子供に引き継ぐべきか否か迷ったが、相手していた重工・造船会社などの経営が子供の時代も安定して継続するかと考えれば、ヨーロッパ・アメリカの企業が辿った歴史から無理と判断した。新興国 今でいう中国などにシェアは持って行かれる。しかし おじさんの引退前後まではなんとか行けると判断して、約30年前に会社を設立した。

 仕事を頂いていた造船業界などの状況は、5年程だが収縮すると予想していた時期が前倒しになった・・しかし約30年前の予想と大きくは違わない。それでも 後5年遅れていれば、子供も学校を卒業したので・・老後資金を貯められたものを・・と思ってしまう。まあ 人間欲を言えばキリがない。それに 仕事を頂いていた会社に育てて頂いたとの感謝があったので、造船会社などに無理矢理しがみつくことも止めた。マッカーサーのセリフを思い出し「老兵は・・」と思った。

 余計な話が多くなったが 厚生年金加入事業所として会社設立した理由は、現役で得たのでは税金も多く取られてしまい、自身も無駄使いして、老後資金として残すのは無理。同時に貯金が出来たとしても・・長生きした場合を考えると途中で切れるリスクが怖いと判断した結果である。年金を死ぬ間際まで頂ける安心感は半端ない。

 おじさんは会社制度を一代限りと思いながら 制度利用したというのが本音である。また会社とすれば多方面でメリットがあった時代だから会社を作っただけである。休眠会社に資産が無く、赤字はあるが おじさんなどからの個人からの借金であり、対外的借金もない・・休業・解散あるいは潰れても人様に迷惑を掛けることもない。遣りたいことが出てきたら・・会社を復活させればよい。

 最後に 年金への発言 思いもいろいろあり自己責任が全てとは思わないが、今さら「引かれ者の小唄」同様になると思い、おじさんは発言を良いと思わない。

「覆水盆に返らず」 金言と思う。

投稿者

おじさん

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