奥さん 元旦の昼は「うどん」と決めていたらしく、家族一同うどん屋さんを探して、1時間近く車を走らせた。休業中で開いていない。途中でラーメン,ファミリレストランとメニューを切り替えて行くが見つからない。結果は吉野家の牛丼となる。

昨夜すき焼きだったので朝は挟んでいるが・・・2連投の感あるが仕方なし。昨年の4連休でも うどん屋さん結構休業していたが、今回は全店という気配である。やはり県外からの客が増えるのでコロナ感染防止の目的であろうか?クラスターとなることを恐れ自粛と思う。

吉野家とすき家

吉野家の牛丼とすき家の牛丼そしてその他 何れが好きかと聞かれたら、おじさん 若いころは吉野家であったが最近はすき家である。吉野家よりも油ぽさが少ないので、年齢のせいであろうか すき家がよくなった。だが豚汁の濃厚さは今も吉野家の豚汁が気に入っている。

奥さん「アタマの大盛」を注文する。おじさんサラリーマン時代は「ウエトクモリ」で頼んでいたが死語になってしまったのか・・・と思った。吉牛築地本店でも「ウエトク」で通じてたのに・・・歳月&世間様は野暮な「アタマ」に流れたか。

隣席で牛鍋をつついていたので、彼らが立ち去った後 奥さんがすき焼きあれでいいんじゃない?と言った。3人だと材料を買ってきても余ってしまうとのことで、牛丼屋さんの牛鍋が面倒がなくていいというものである。

今年 奥さんが肉を買ってくるが 一歩の味に違和感を抱かない舌なのか、値段で決めたのか、肉の風味の変化に気づけないようなので 仕方ないかもしれない。黒毛和牛が乳牛種付黒毛となったように思うが・・・購入してきたのが同級生の肉屋なら従来通りの値段で買っていれば・・・。肉のブロック外観あるいはサシは同じだが風味が違うことに 気づかない方が増えたので、同級生ぼろもうけしてるかも?と瞬間考えたが・・・止めた。肉が柔らかいだけが評価基準ではない。

奥さんに確認もなく 友人がぼろもうけと思うのは 品のないことなので反省した。まあ 今年から年金生活者なので我慢しなければならないことかもしれない。

父の思い出

うどん屋さんを探す際 おじさんの父方の親戚のある近くを車で走ったので、夕飯時ばあ様の口から「山の麓近くの○○屋 親戚筋でなかった?」と問われたので、「そうかもしれないが1Kmほど西側に家があるので、遠すぎない」と答えた。子供の頃オートバイの後ろに乗せられ2,3度父の実家を尋ねた記憶があった。成人後も何度か訪ねたことがあった。名字から親戚筋かもしれないけれど「わからない」と答えた。

そうしたら話が飛んで、父の出生の複雑さの話になり、昔は早く亡くなることが多く、死別・再婚が繰り返されることがあり、また貧しさなどから「口減らし」のため 親戚兄弟の養子にするなどが多かった。その為か 父は苗字が3度変わっていたことなどは知っていた。生まれて1年,小学校の時,大人になってであり、父の除籍謄本などから確認もしていた。

おじさん自身も不動産屋であったので、未相続物件の調査で 現在100歳前後の方々の戸籍の複雑さを知り、当時の貧しさに起因しているのだろうと理解していた。おじさんたちの年代の方でもこの辺りを知らずに育った方も多い。まあ 親も貧乏を自慢に話すこともないので、ぼかしておくのが自然のことと思う。多分子供たちは経験しないと思うが、おじさんより上の方の葬式では どこで親戚なのか迷う親類が存在することがあり、会話中に「ああああ」となる。おじさん達の世代から 大半の方が豊かになったので、兄弟間での口減らし目的の養子などはあまり聞かない。でもその顛末は見聞して知っている。

従って最近のコロナによる生活苦について聞いても、今までが豊か過ぎたと思うこともある。貧しさのレベルが違い、現在が豊か,贅沢と感じる面もある。しかし原則は 昔も今も変わらない。バランスよい食生活と運動をし、健康に勤め、働いて生活を維持することである。崩れれば 船乗りのことわざ通り「板子一枚下は地獄」と思い、覚悟を決めておくべきことである。

投稿者

おじさん

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