おじさん 知人は多いが、友人は近場には多くない。この20年変化していく仕事に合わせて 付き合い方を変えて来たと思う。友を大事にすることは人として最もなことと判るが、バックグランドが変われば、いつまでもとは思わなかった。

不動産業を兼業していた時は地元を重視していたが、設計に主力を向けてからは控えた。

知人,友人は多い程よいかというと 単純に多いとよいのは、営業物販関係の職業の場合である。逆に守秘などが絡む場合は 知人,友人は 少ないほうが良いと思っている。酔って口が滑って下手なリークがあれば問題になる。祭りの後など酒が過ぎて 更に危険であると思っていた。

また 学歴,育ったバックグラウンドが 社会人になると更に異なっていく。このサークル・グループの中では一定の意見が正解であっても、他のサークル・グループの中では異なる。

他人の評価のみを重視していては、独立した判断が出来ないこともある。

起業しようと思う方は 知人,友人のことなども、よく考えて置かないといけない。

友達100人出来るかな

「一年生になったなら・・・」から始まる歌詞は有名である。

一年生になったら

一年生になったら

ともだち100人 できるかな

100人で 食べたいな

富士山の上で おにぎりを

パックン パックン パックンと ♩

幼稚園から小学校 周囲のことが変化と同時に人の数が激増し、改めて人の多様性と付き合い方を学ぶ。現在は 子供たちにとっての社会が小学校だけではない。また子供の人数が今よりも圧倒的に多かった時代「友達が100人いること」はみんなが目指すべき目標であったとも思う。

田舎に行けば 1学年全員で100人に足らない。

塾があり習い事ありで、友達は小学校にいなくてもいい。

小学校が嫌であれば行かなくてもいい。顔を知らない人を友達と呼んでもいい。

友達でもしんどくなったら友達解除すればいい。

今入ろうとしている時代はそんなものと思う。

おじさんの時代は「集団行動」「同調圧力」などが強い時代であった。今では 世間様も変わって来たようである。

「孤独」と捉えるか「自由」と捉えるかは人それぞれ。友達100人できなくても自然である。

だが いかなる時代でも「子供同士の遊び」 子供たちにとって「楽しいもの」であってほしい。

変わること

知人,友人との付き合い方は 大人になるに従い変化していく。子供の時から何時までも変わらずというのも難しい。お互いが環境が変わり付き合い辛くなることがある。

おじさんも三人ほど 中学校、高校と同級生で、社会人になっても一緒によく遊んでいた。ところが結婚後子供が生まれて数年から付き合うことが激減し、その後転勤などもあり、二人と疎遠となった。

主たる原因は疎遠になった同級生に子供がいなかったことである。一人の友人と奥さんもいる中で 意識なしに子供のことを口にして、瞬間奥さんの顔が変わったのを見た。急ぎ他の話題にしたが・・・以降考えないではいられなかった。

もう一人も同様 子供が出来ず5年程経ち、転勤などもあり期間が開き 消極的にしていたが 偶然 焼肉屋の駐車場で会い、微妙な空気が流れたような気がした。一応 子供も含め挨拶はしたが 後日積極的には連絡せずに、年賀状だけで今日に至る。

疎遠になった同級生 同窓会にも出てこないので・・・修正出来ずにいる。

ネット

Facebookの友達が100人超えて・・・など 友達100人以上とのコメント多数。

インターネット上では、まったく知らない人というわけではなく 何かしら繋がりがある人が出て来るんようです。そういった方との繋がりがたくさんできる可能性を感じます。

昔 10人以下にチェーン的に訪ねれば 間違いなく辺境に住む日本人でも行きつくとの話を聞いたが、利害がなく偏りがなければそうなるのかもしれません。

最後に ある意味 おじさん一年生・・・だーい!

投稿者

おじさん

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