中島みゆきの曲に「アザミ嬢のララバイ」という曲がある。

「春は菜の花 秋には桔梗 そしてあたしは夜咲くアザミ♩」ついついこの一節を口ずさむ。

おじさん初めて中島みゆきさんの舞台は 会場の整理員のアルバイトしながら 初めて見ました。

「アザミ嬢のララバイ」ではないが、「時代」など衝撃的なソロ演奏&歌唱を次々見せつけられた。

バイトに誘ってくれた 音楽方面に行きたいと言っていた友人は「ダメだこりゃ」でへこんだ。

彼はその後 更生し(と言うべきか?)、電力関係の会社に入社し サラリーマン人生を送った。

おじさんの家でも毎年花を咲かせる。だが今年は・・・・出て来ない。

今日 散歩中 偶然見かけた。おじさんと一緒で 頭と各所が枯れかけていたのが残念である。

名前と特徴

キキョウは東アジアに広く分布する多年草。国内では日当たりのよい草原ような場所が激減したため絶滅危惧種になっています。

茎はまっすぐに伸びて高さ10~120cm、先端近くに直径5~7cmの花を1~10数輪咲かせます。

根は太くまっすぐに伸びて、ニンジンを小ぶりにしたような形です。

この太い根は漢方薬にも利用されます・・・それで最近 龍角散のCMか!

人との関わり

古来より美しい花が人々に愛され、万葉の時代から観賞されていました。

かなり早くから園芸品種が成立していたらしく、貝原益軒の『花譜』(1694年)に「紫白二色あり。(中略)八重もあり」と紹介されています。

前田利保の命で編纂され、1853年(嘉永6年)に序文が書かれた植物図譜『本草通串証図(ほんぞうつうかんしょうず)』には、現在は見ることのできない緑色の八重咲きや濃い黄色、花弁が基部深くまで切れ込んでそれぞれが外側に丸まってウサギの耳のような形になる「兎耳桔梗」、花弁が平皿のような形になる「紋桔梗」などのほか、現在も見られる桃色やウズキキョウ、早咲きのものが彩色図で収録されています。

明智光秀

現在 大河ドラマでコロナ中断を挟みながら頑張って放送している。実際 若い頃の具体的文書などがないので、創作上は都合が良いと思う。

清和源氏の土岐氏支流である明智氏とされ、家紋は桔梗である。

WIKI.によれば 父は江戸時代の諸系図などでは明智光綱、明智光国、明智光隆、明智頼明など諸説がある。

それ故、父親の名前も伝わらない低い身分の 土岐支流とも言われている。

光秀は自身の出自に関する証言はほとんど残していないが、『松雲公採集遺編類纂』所収の「戒和上昔今禄」という記録には、天正5年(1577年)に発生した興福寺と東大寺の相論の奉行を務めた光秀が「我、先祖致忠節故、過分ニ所知被下シ尊氏御判御直書等所持スレトモ」と発言したことが記されている。記述に従えば、光秀の祖先が足利尊氏に仕えていたとなる。

彼の最後は 「山崎の戦い」敗戦の後 少数の近臣と共に勝龍寺城を脱け出し、近江坂本城を目指して落ち延びようとした。

坂本城は明智家の本拠で光秀の妻子もいた。 しかし、山科小栗栖付近で 竹薮から突き出された竹槍に刺されて重傷を負い、その場で自刃して果てた。

人生 最後まで一緒に戦う仲間の有無で、人生の歩み方あるいは楽しさが変わると思う。

でも男子たるもの 最後は一人とも覚悟しておきたい。

JUN.06.2021 キキョウ

投稿者

おじさん

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です