ばあ様から見て 孫とその子供(ひい孫)が2家族 帰って来ていたのだが・・・そこで孫とひい孫との接し方について、奥さんとばあ様がぶつかった。ばあ様は昔通り 小遣いなどを渡そうとするのだが、「多く渡せないので 精がない」と言ったのが 奥さんの心にカチンと火を付けた。基本 奥さんは大反対。既に孫は30歳・40歳に達しているので、ひい孫に形ばかりで良いと何時も言っていた。そして半ばやらなくても良いと考えている。要は孫に小遣いなどは不要であり、ひい孫に与えるとしても・・心ばかりの金額でよいと考えている。従って 「やるお金もない・・」などと 言うこと自体が奥さんの心に グサーと刺さるのである。

 普段の生活を書くと 朝夕の食事を用意して 奥さんは ばあ様の健康・生活に工夫し、食材を細かくしたり 軟らかく煮るなどしているが・・・半ば ばあ様が そんな生活を当然としか理解していないのではないか!との 心にわだかまりがある。奧さんは ばあ様が 普通通りな生活が送れるように工夫・努力しているが・・ばあ様がそれは当たり前と思っているようなジレンマにある。実をいうと 奥さんの母は義妹夫婦と同一敷地で別棟で同居しているが・・奥さん自身の母親は 朝昼の食事は 奥さんの妹が用意した前日の夕飯時に一括して準備・渡されるので、それらを 朝・昼の為に取り分けて食べるなどしているらしい。ばあ様と違い 近所で買い物も自由に出きないので 仕方がないらしい。ところが 我が家のばあ様では 生協で注文する・・近所の商店などに セニアカーで乗り付けて買い物するなど出来ている。

 奥さんにすれば 自身の母親と比べて 十分行動出来て生活を満喫しているので、買い物できるほど 小遣いもあるので、満足すべきなのにと思う訳である。そこに ばあ様の「情けない」とか「お金もないので」と言う言葉に反応してしまうのである。 今朝もおじさんは歩いて 75歳以上の方に 祭礼での渡御行列に参加をお願いできないかと 数軒尋ねていたのだが・・独居老人の方の家の横を過ぎるのだが、そこからはあまり朝の生活の香り・音が伝わってこない。子供夫婦が同居している家のおばさんは 虫に刺されたのでと庭の梅の木に殺虫剤を撒きながら・・嫁がそれを見ながら 食事の準備中?との状況で出くわした。姑と嫁の二人の風景を見ると 生活にジャズのようなリズムの響き合いがあるのである。翻って我が家を見れば・・同じようなものである。そんな2世代生活は 独居老人に比べて豊かに生活しているのだろうと感じさせる。また 先週おじさんがバイトに行ってる際 奥さんがばあ様に「お昼は お父さんは自身で好きに作るので ご飯があれば漬物・お茶づけでも適当で良いのでは?」と伝えたらしい。その時の ばあ様の返事を聞いてはいないが・・・まあ 普段のばあ様のポリシー・生活信条からすれば昼食レベルを落とすなど考えられない。そんな伏線もあったかな?と思いながら・・おじさん 我が家の嫁と姑の暗闘のようなものを見ているのである。

久々に 美味しくない夕食を食べた

それも何時までかと 気に掛る!

ああ 私は 貝になりたい!

投稿者

おじさん

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