熊さんを殺すな!と言うことについて 現在の情報をまとめるなら 基本は自分が関係のないところから管理を担当する県など市町村に電話して・・何でも抗議と言うような無責任と言うか 気ままな状況を許していると思っている。批判はすれども それにより生じる結果に責任を持たないアホな人間と理解している。防止・管理などの問題を無視しては 責任ある意見ではない。

電話を受ける職員も基本を忘れている。ガチャリと電話を切れば良いと思っている。住所・氏名・連絡先を名乗らせ、名のらない あるいは県民・市民以外なら何も聞かなくて電話を切れば良い。長くなりそうなら 折り返し連絡すると伝えて切れば良い。

熊を殺すなと言う方 おじさんの近所に来るネコおばさんと変わらない。自転車でやってきて 餌を道路の一角にぶち撒いて保護しているつもりでいる。子猫が生まれても知らんぷり、残った餌と道路のシミそして匂い・・・保護活動の基本が間違っていると 気がつかないのか?

哀れな子猫を増やすだけして どうするのと尋ねたい。餌を与えるなら 子猫を連れ帰り 世話しろ!そしてお金を出して親猫から管理しろ!近隣に迷惑を掛けてることを詫び、掃除にこい・・・。みんな猫好きだと思ってるようなお目出度さが、痛い!

相隣関係と言うか おばさんは近所に住んでないから 同じ場所でトイレする猫の習性から 糞尿の匂いも気にならないだろうが・・・自宅庭の片隅から異臭がする家の方が 猫の忌避剤撒いたり、トゲトゲ板を置くなど苦労しているのを知っているのか。ましてや食糧事情が良いので 毎年子猫を産んでいるようで・・おじさん家(ち)でも納屋の一角に置いてあった段ボール箱の中に産んでいた。子猫の入った段ボールから子猫を出すと咥えてどこかに運んで行った。

猫も雄ネコなどとの関係からか?縄張りなのか?発情なのか? 子猫を襲うので、納屋で死んだ子猫のミイラなども見たくもない・・嫌なこったと言うことである。

保護したいなら餌をばらまかず 犬公方と呼ばれた徳川綱吉の如く 猫を囲って飼うことである。やるならNPOでもなんでも組織して、金を集めて人の迷惑にならない保護をしろと言うことである。

熊も同じと思っている。猫と違うのは人は襲われればケガあるいは死ぬ可能性が高い。助けるためなら生かして捉えるスキル、つまり麻酔銃・捕獲器などの技術を磨き、「猟友会などあっちに行っていろ」とまでなってから 一人前の口をきけと思っている。

机上の空論と呼ぶべき意見を誰が評価するのか・・熊に襲われ死傷する方がいる限り、その防止まで責任ある態度を見せなければ「問題外の輩(やから)」としか言いようがない。電話で済ます馬鹿しかいないのか?

アイデアだけでは人は説得できない。学生か大企業の社員であるまいに プレゼンだけで済むものではない。人の生死に影響が及ぶ以上は 実際の行動を起こして、現場で努力しなければいけない。捕獲した熊も飼育し 寿命を全うさせなければいけない。

おじさんは 評論家などプールサイダー つまり自分が泳ぐことなく他人を批判・批評できる立場に有るか否かの区別をつけておかないと判断を間違う。自ら先頭に立ち 熊と実際に対峙してこそ保護活動が出来る。熊を養うため自然公園のごとき広いエリアを確保し、人との接触がないように努める。フェンス・監視員など多額の運営資金も必要となる。

言い出す以上は覚悟があって言っているのか?自問しなければ抗議の電話などすべきではない。それだけの覚悟と自覚を持って望むなら、基本として熊を保護する際は 自分以外の犠牲者を出さないことこそ肝要である。

平たく言うと、子供が自身の子供を持ち 責任を持って子供を育てるからこそ、見えること見方が変わるのと同じである。サラリーマンでも同じ・・見るべき風景を見て 判断をしながらキャリヤを積めるか積めないかの違いである。そしてトップになり・・責任が一気に来るようになり、迷うことは格段に増える。だが 子供であれ 部下であれ、成功するか失敗するか分からないときは 笑ってやらせてみたいのが、親であり上司である。

この世は 覚悟を持って生きるものが少ない。覚悟なき者が多い様である。

冗談めかして書けば はちみつで熊さんを手なずけれたら・・表彰状ものである。熊に限らず こんなお目出度さに気付かず生きてる馬鹿は多い。

投稿者

おじさん

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