年末始めらしく 日曜日はしめ縄作り、月曜日は粗大ごみ回収と行事が続く。来週は近隣河川の堤防清掃そして神社の提灯用支柱などの搬出と準備である。老人会がメインの行事であるが、引っ張り出される。この世の常・・何事もお付き合いが大事と心得ているので・・付き合う。それに実施することと言えば、お互いが先達よりの申し送りのようなものである。

少し前 知人から伝承遊びとして凧作りを計画しているので、手伝ってくれないかと声が掛かったが、自治会行事と重なるのでお断りした。おじさんの地区にも定型の凧があるので、それを作るらしい。過去の経験から言えば、作るのは何とでもなるが、糸目と呼ばれる凧本体に付ける糸の取付け方など調整が難しいだけである。これを出来る大人がいないと参加した子供達は喜べない。

糸巻きの糸と凧との接合・凧の糸目が調整出来るように凧本体と結ぶなど現場で結んで見せないと理解は難しい。凧の作り方はネットで検索すれば出て来るが、大事なことは飛ばし方を知ることである。概要は手に入れるのは容易であるが、細かいところを先達に学ぶと言うか、見ておくことが重要である。

徒然草

第52段にある一節であり、案内人の重要性を指し示している。おじさんの小学校時代の恩師が95歳となり近所で住んで居られる。もちろん先達として尊敬しており、今も道で会えば話し込む。歳取っての頑張り方を教えていただいている様でありがたい。

仁和寺にある法師、年寄るまで石清水を拝まざりければ、心うく覚えて、ある時思ひ立ちて、たゞひとり、徒歩より詣でけり。極楽寺・高良などを拝みて、かばかりと心得て帰りにけり。

さて、かたへの人にあひて、「年比思ひつること、果し侍りぬ。聞きしにも過ぎて尊くこそおはしけれ。そも、参りたる人ごとに山へ登りしは、何事かありけん、ゆかしかりしかど、神へ参るこそ本意なれと思ひて、山までは見ず」とぞ言ひける。

少しのことにも、先達はあらまほしき事なり

スーパーに凧が売り出され始めた。子供が小さい頃は凧上げに良く付き合った。その頃はおじさん自身が子供に絵をかかせて凧に仕上げていた。素材は和紙からビニール製ゴミ袋まで利用した。勘どころを説明しながら作るのを見せていたのであるが、何処まで覚えているのやらとは思っている。糸も八の字結び、片結びなど色々使い分けて糸目の作り方も見せたが、その成果は?というものである。

子供は適当に作っても100m以上軽く上がっていくのを見たので喜んでいたが、風に合わせて 車に積んだ形の違う凧を短時間で回収し違う形を上げる あるいは飛ばしていた凧の糸目を調整して再度飛ばすなど見せた。

何処まで伝わったかは分からないがどこかで思い出してもらえればと思っている。

親が依頼?

子供の頃 隣家の婆さんが奴だこを内職で作っていたので、年の瀬が来ると隣の婆さんから内職で出た余分な凧を貰えた。それを近所の駄菓子屋に持ち込むと、隠居した爺さんが糸目と呼ばれる凧本体に付けた糸を直し、飛ぶように調整してくれた。従って新聞紙で足を取り付け飛ばせば、即上昇していった。

更に 正月明けには親から小遣いを渡されると 駄菓子屋で爺さんが作った凧を買いに行った。小学校高学年になると 爺さんが凧を最初から説明しながら作ってくれ、上げて糸目を調整するところまで教えてくれた。

後年聞くと おじさんの両親は共働きのため、親が頼んでくれていたらしい。駄菓子屋も近所ではあったが適当に離れていた、ところが おじさんの爺さん婆さん時代は隣同志で親しかった。そう言う訳で孫の様にかわいがってくれたようである。

この爺さんは漁師もやっていたので、八の字結びなど釣りに使う結び方が加わっていたことが後年分かった。仕掛けを入れ替える漁師の手際の良さも同時に教えてくれた。

温泉に入るサル、イモを洗って食べるサル TVなどで見ていると、何事も体験と学習は結び付いていると感じた。やはり先達に見せて貰ってどうにかなると分かる。

投稿者

おじさん

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