おじさん 人間まじめに杓子定規(しゃくしじょうぎ)に生きるだけでは面白くないと思っている。したいことをして、やった結果は「しゃーないか」と納得することが大事である。結構 出たとこ勝負に生きて来たが、そう不幸な目には会っていない。

例えば同級生で、学生時代 お腹が大きくなって学校を退学して結婚した同級生もいる。今では孫を数人抱えて、塾の送り迎えに余念がない。そんなこんな いろいろのケースを見ているので、人生振り返っても 起きた事の修正が効かないので それなりに一生懸命生きれば良いと思う。

勿論 不幸になったのか?遠方過ぎて来ないのか?小学校の同窓会に一度も出て来ないのは3割程いる。合計30人ほどだが 果たして彼らが不幸なのかどうかの情報・確証はない。

おじさんの知っている限りでは2名ほどがうつ病を発症(?)、引き籠りしていた。1名は親が無くなった後 夕方近くのスーパーで値引きシールの貼った総菜をかごに入れているのを目撃した。声を掛けたが、目を逸らし立ち止まらず 会話出来なかった。また おじさんも追いかけなかった。

設計図

剣道で大上段に構えて、コテを取られることを学生時代の武道の授業で体験する。それなりの対応力が大上段に構えたものにあればよいが、メン・ドウ・コテと2日ほどやっただけでは身に付かない。当然事前に剣道部員は柔道に柔道部は剣道に行かせる教育的配慮はしているが・・・中学校で剣道部と言うのがいて こいつらが疎ましい。ビシバシと決めて来る。何事も配慮しても 想定通りには進まない。

話が逸れそうになるので・・・どんなに考えて、人生の設計図を書いても・用意しても トラブル・想定外・例外は良く起きる。現在 絶賛威力を発揮しているコロナだって、そこそこ想定はしていても ここまで生活を破壊するとは判らなかった。

早 10年を迎える東北大震災も こんな大きな地震が起きて、津波にやられるなど想定外であった。

詳細を決めるほど キッチリやろうとすればするほど想定外が起きて人生は狂うと考えた方が良い。従って人生に詳細な設計図は不要と思う。概略のフレームワーク程度で止めておくのが生きる知恵である。

フレームワークの方が精神的にもいつまでにしなければ・・・などと予定時間を限定的に思わないのでストレスも少ない。また 設計図と違い概略のフレームワークでは発生した想定外との落差感は少なく思える。従って心の負担も少ない。

おじさん偶にINVESTING.COMの為替相場を見ると、しばしば縦軸の目盛が変わり変動が大きく誇張されているのを見る。投資してないので「お仕事ですね」と納得するが、FX投資にのめり込んでいると乖離(かいり)さに誤魔化される可能性を感じる。これと一緒で「想定と想定外との落差感」を緩和する方法である。

キッチリ

引っ越しのサカイではないが、現状こなす仕事はキッチリでないと 誰からも支持は受けられない。ところが仕事外では適当であることが、愛されるというか支持を受けやすい。

最近は「婚活」という言葉がある様に、意識し過ぎ・特化し過ぎと思う。おじさんが若い頃は、帰りに飲み屋に立ち寄るとの掛け声だけで 何人かで出かけた。携帯もなかったのでポケベルで暇な奴を呼び出し、2次会で合流などお姉ちゃん・お兄ちゃんなどと付き合うこともあった。

それなりの付き合いで「現状で・・よければ」との無意識の合意があったように思う。個人的な意見だが、普段から明るく笑い、気配りができ、気立てが良い。ハキハキしていれば満点で良いと思う。また人は環境により変わるもの また歳を取り健康維持できるか出来ないかも判らない。従ってお互い当たりハズレはあると思う。後は神様にお願いするしかない。

多くは同じ会社の同僚であり、身元も確認済。合流したお姉ちゃんなども同僚の地元の同級生などで分かり易かった。極々自然に話 結婚相手と言う意識はなく付き合ったし、縁もないことが大半であった。

現在の世相を見てると意識し過ぎとしか思えない。全体が真面目なのかも知れないが・・・適当さがないので心配になる。それなりに生きれば良し、失敗してもやり直せば良い。意識するあまり 付き合う時に相手の持つ危うさやヤバさを感じる敏感さがないと難しい。飲み屋で隣になっただけの一見の場合などは注意を怠らないのは今も同じであると思う。

この辺りはおじさんの子供時代の駄菓子屋の経験から来ているかもと思うことがある。カビたり、腐ったりなど結構ヤバい品物があり、食べた瞬間 吐き出すなど上手く生きるにはそれなりの知恵・工夫・対応が要求される。全てが安全と思えるように管理された社会で生きていない時代の経験である。人との距離感も扱いも同様である。危ない奴はどこにでもいると心の片隅に置いていないと誤る。

おじさんの同級生で、アパートのドアの前で 濡れ鼠状態で佇んで帰りを待たれた奴がいて・・・同級生 流石に継続不能と言っていたが・・・彼は普段の行状が悪く、女の子の味方が多かった。結果 悪いことしたのと違うと周囲のものから、攻撃受けながら 意に染まない結婚をしたようだったが、今も別れずそのままである。結果 同窓会の評価では「純な子に手を出して」で収まっている。真偽のほどは大人なので追及しない。

人生いろいろ そう決めつけず生きるのがお気楽である。過去を振り返り過ぎ、未来に希望を持てず、今を楽しく生きられなければ 面白くない人生である。

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おじさん

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