散歩の途中 農家の納屋のシャッターが開いて、コンバインの準備をしていた。
そろそろ始まると思うと・・・食いしん坊の故か 新米のおにぎりが浮かぶ。
今は農地を農業委員会を通じて人に貸しているが、子供の頃は稲刈り、脱穀,乾燥,籾スリを手伝わないといけなかった。
サラリーマンになって中断したが、田舎に帰った後は、親戚のおじさんが 田んぼを耕し、すべて機械で処理していたので あまり手伝わなくなった。
という訳でおじさんは昔の農作業を体験してたので、農業の大変さなどは理解はしている。
稲刈り
稲刈りは鋸カマ(のこぎりかま)にて刈っていた。手伝いのばあさんにはピカピカに研いだ普通のカマを使っていたりしたが、刃がのこぎり状の鎌で引いて切るので安全であった。
子供で手が小さいこともあって 2束程度しか一度には切れなかった。
大人と並んで順次切りながら、背中に背負った「わら」で3-4束ごとに束ねる。刈るに従って後ろにまとめたものが並んでいく。
そうなると子供は「猫車」と呼ばれる木製一輪車で集めていく。田んぼの一角にまとめていく。
父達がタイミングを見ながら「はさかけ」を田んぼの一角に作っている。そこに掛けていく。
この後は 乾燥見ながら脱穀を準備する。
脱穀
脱穀機を田んぼの一角に据え付ける。脱穀機はエンジンと平ベルトで結ばれ回される。
この平ベルトが曲者で・・・おじさんはやったことはないがエンジン回転中に取り付ける。
ベルトの張り加減が難しいようで 脱穀機に挟む量が多いと負荷が掛かり過ぎ、ベルトが外れ 脱穀作業は中断する。
おじさんは稲束を「はさかけ」から外して順次脱穀機に運ぶ。機械に差し込むのは大人の仕事である。
脱穀された籾(もみ)は「かます」と呼ばれる「わらむしろ」で作った袋に入れ自宅に持ち帰る。
現在のコンバインは 刈り取りから脱穀までの作業を1台の機械で行う。
乾燥
自宅に持ち帰った籾は発熱するので間隔を考えながら置いておく。
おじさんが幼稚園の頃は籾を天日の下 順次むしろに広げ乾燥していく。小学の時代は 平たい箱型乾燥機で機械乾燥が始まる。
今はサイロ式と言うかタンクに収納して乾燥する。従って現在農家は乾燥機に入る量しか コンバインで刈り取らない。
自然の中 毎日天気を見て 天日乾燥 言うは易く行うに難しというものである。
米粒に割れの発生が少なく 美味しいのは理解するが、手間を値段に転嫁することは難しい。
籾スリ
籾(もみ)が乾燥すれば籾スリを行い、玄米とする。
最近は乾燥機とセットになった形で農家に置いている。昔は共同で籾スリ機を持ち、順次各農家を廻って作業していた。
この時 もみ殻のシリカが飛び散り 首その他がチクチクあるいは咳が出る。もちろん手伝わされるので、大変であった。
もみ殻 昔は集めて、火を付け燃やした。じわじわと燃え 火力が上がらないので、焼き芋などするのが楽しみだった。
精米
スーパーの棚に置かれた袋詰め精米を見ても 米の生産を理解する方は少ないかと思う。
子供の頃 食卓の前で正座させられ、手を合わせ「いただきます」と言う。
最初に ご飯を一つまみ箸に乗せ 口に入れ食べ始める。
これが昔からの作法の基本と分かっているが・・・今は血糖値の急上昇を避けるため、野菜から・・・となってしまった。
最後になるが 米作りから始まる「食」を届けていただいている農家をはじめ 皆様の力に 感謝である。
先週 近所の農家さんより玄米30Kg袋を頂いた。毎年 お米をお願いしているので、ご配慮いただいたかと思う。
早速 コイン精米所に持って行き 300円で精米した。
明日から新米が食べられる!と思ったものの・・・奥さん息子にはいくらか持たせ・・・その翌日の朝食は古米であった。
今年は 秋まつりが中止とのこと、「新米の寿司」も期待出来ないかも知れないと思っていたが、孫がお泊りしたので、奥さん張り切って 夕食は手巻き寿司となった。
何かないと 変化が乏しい「秋」である。