最近 お化け屋敷がコロナの影響で営業できないらしい。「密」と「換気」でだめらしい。
夏の楽しみが 半分なくなるようなものである。あの「わー」「きゃー」がたのしいのである。
多くのものは「ドッキ」とするが「高いところで下を向いた時のような たまたまを押し上げるほどの威力はない」・・・ちょっと品がない表現であるが 個人的見解なのでご理解いただきたい。
小芝風花
昨日 小芝風花の「妖怪 シェアハウス」第二怪 お菊さん を録画で見た。以前 新番組と思いHD録画しておいたが 第二話であった。昨夜リスト確認したら 六話 山姥 まで来ている。最近チョット情報確認に遅れがある。急ぎ見なければ。
水木しげる 鬼太郎の読者の思うような「妖怪と幽霊の区別がついていない」などと無粋なことは おじさんは言わない。
まあコメディタッチで製作されているので、「怖がって楽しむ」はなく 娯楽作品である。小芝風花 若い女性の区別の付きにくくなった昨今 数少ない区別の付く女優である。以前NHK朝ドラ「あさが来た」にて少女時代を初見のためかもしれない。まあ歳はとりたくない。
怪談のルーツ
怪談話の多くは東京落語にて熟成されてきた。名手とされるのは江戸時代の初代 林家正蔵
(はやしやしょうぞう) 明治の初代 三遊亭 圓朝(さんゆうてい えんちょう)などである。
現在 林家正蔵は九代目 林家三平の息子で「こぶ平」改め襲名とすればお分かりのかたもあろかと思う。残念ながらおじさん 当代 林家正蔵の怪談話は聞いたことがない。
三遊亭は圓朝のあと現主流は 圓生 五代目円楽 六代目円楽(前 楽太郎)に続くかと思う。
圓生の怪談話 「牡丹灯篭」他2話ほどレコードにて聞いたことがある。他は聞いたことがない。
まあ 寄席に通っていたのは35歳位まで、後は田舎暮らしで たまにある公演もしくはTVを見るだけである。また田舎も関西圏なので怪談は 先代 桂米朝の「皿屋敷」でどちらかと言えばコメディタッチであった。
古典芸能
落語の怪談話と歌舞伎 これを鑑賞していると太鼓の鳴らし方に共通点があるのが分かる。三味線なども同様である。ライブで鑑賞され体験されることをお勧めする。
落語では「ハメモノ」と言うが 下座と称する舞台脇で 太鼓で「川の流れる音」三味線で「夜」などを表現する。従ってこのリズムで太鼓が鳴れば セットがなくても 川の土手あるいは船の上が舞台背景となる。あるいは 太鼓だけで雪が舞うシーンが舞台背景となる。
歌舞伎もほぼ同じである。
一種の約束事であり、知らなければ「通」「粋人」ではなく「田舎者」「無粋」の扱いを受ける。
極端な言い方で 最近はそこまで過激なことは 流石にないと思う。
現在コロナのため舞台芸術が圧迫されている。残念なことである。もうすぐコロナが収まり 再開されるのを楽しみにしている。
以前は仕事とお金そして時間を考えて出来なかったが・・・・・楽しみである。
早期のコロナ終息を願わずにはいられない。 最後に年頃キャラで・・・