初夢 まだ見ていない。酔っぱらって適当に寝ているためかも知れない。皆様はいかがでしょうか?

豊臣秀吉の辞世の句 「露と落ち 露と消えにし我が身かな 浪速のことは 夢のまた夢」一代で天下の覇者になっても 臨終の際に枕元に家康など五大老を呼んで、「秀頼のこと、くれぐれも頼み参らせ候」と、行く末を頼んだことは有名な話です。思い残すこともなく 笑って死ぬのは難しい。

中国三国志の蜀の劉備の最期 死に臨み 駆けつけた諸葛孔明に、「(我が子)劉禅が君主に相応しい器なら補佐してやって欲しい。もしそうでなければ君(孔明)が彼に取って代わって皇帝となり、蜀を治めてくれ」と言ったとされる。つまり天下のために、天下を統べるに相応しい人物が皇帝となるべきと劉備は言ったとされるのだが 「それほどお前を信頼しているから、息子を頼むぞ」という、孔明に忠誠を誓わせる劉備のテクニックとも言われています。

何処か人は引きずって仕舞う。人間が思い残すことなく 笑って死ねるかどうかは、天下人も社会的名声も一切関係ないのかもしれないという気になります。

死出の旅路の一里塚

この言葉は一休禅師が正月に頭蓋骨を持ち 街中を歩いた逸話によるが、この後は「めでたくもあり めだてくもなし」と続く。昔は「数え」つまり正月で年と歳を祝う。その中で「ものの見方」を考えることで 逆説的な意味を知ることとなる。限りある人間あるいは世の無常を知ることは 命のはかなさを知ることになる。そして日々を大切に生きる者になる。

またおじさんの家は浄土真宗門徒である。先月も「お香勤め」で「印綬(いんじゅ)」と呼ばれる住職が来て、法事の時 同様に正信偈(しょうしんげ)を読む。この経典 人の命はその人だけで存在するのではなく、量り知れないほど多くの命にの存在があって今の命に至る。また想像できない多くの命を同時支え育んでいる。この尊い命を私は今生きていると お経の先頭で謳う。き みょう む りょう じゅ にょ らい「 帰命無量寿如来」まあ 長く生を楽しみたい。

先祖のお陰

子供の頃から死ぬことを ばあさんなどは「お迎えが来る」と言っていた。中学生になり教科書で「来迎図」を見た時その意味が幾分分かったような気がした。だが漫画あるいは雑誌の臨死体験など普段の死生観は「肉体から魂が抜けていくだけでそのままあの世に行く」ように思っていた。正直「来迎図」のような死生観が生まれたのが不思議である。また「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」と唱えれば救われるという完全他力な要素も 有難くまた面白い。空海の「即身成仏」同様 生まれ変わった来世ではなく この世で救う要素が強い。

先祖様のお陰なのか 人あるいは生きるものを 無暗に苦しめるような不道徳な行いをしなければ、「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」と唱えれば救われると信じているので おじさんは 少しお気楽である。

エホバのおばさんのように 布教に過ごす必要もない。普段 特別の行いを求められないので 思うがまま生きて良いとされ 厳しい戒律もなく安心して暮らしている。キリスト教,イスラムそして海外の仏教では聞いたことも 読んだこともない。やはり日本人だからなのか?歴史がそうさせるのか? 

これも ご先祖様のお陰・・・「 帰命無量寿」と思い、感謝!

本日にて5か月目に入る。駄文の散らかしにも関わらず、アクセス頂けることが 続けられる理由のようで・・・皆様に感謝!

投稿者

おじさん

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