ばあ様は国民年金であり、最初から年金は少ないからと 家での食費・水道光熱費などの負担はして貰っていない。但し 自己名義不動産の固定資産税などは自分で払って貰っている。その為 残る年金の約8割位は全て自由に使えるお金となっている。・・という訳で 家族の中で最も可処分所得が多いのは ばあ様である。そんな訳で ゴールデンウイーク帰省するひ孫の小遣いなども 気っ風が良い。その癖 やったことに感謝されたいとの気持ちが強い。年齢は94歳を超えても・・ガックリすることなく 目を離せば セニアカーで近所を走り回って(暴走?)いる。
ばあ様は 生協・近所の商店などで よく買い物をしている。スーパーなどに連れて行っても 広い店内を膝が痛くて歩くのがダメなので、行きたがらない。そんな環境でも余分なものを購入しては 奥さんに使ってと渡したりしている。そんなことを考えると ばあ様が最も無駄ありな生活を送っていると思っている。九十半ばになろうとしているので、余計なことをしたり、言わなければ良いものをと・・おじさん 横で見ながら 思い暮らしている。
昨年の祭りの夕方には 太鼓の音が五月蠅いとセニアカーで太鼓台まで出かけて、若い子に物言いをつける。その際も 自室などの窓も締めず、部屋のドアも開けっ放しと・・外の音が素通り状態であった。これじゃと言う事である。その癖 耳が遠いので言葉が聞こえないと言うのだから・・どうしようもない。要は窓を開けてた為 太鼓の空気振動を受けての問題であったようで・・その為 昨年の祭りのときは おじさんは若い子たちに頭を下げ回った。今年も同様になるのではと心配している。
おじさん 父が亡くなって以降 ばあ様と奥さんがキッチンを共有しないようにしてきた。朝夕は奥さんが準備して 自宅の台所は奥さん専用である。また事務所の台所は ばあ様の専用である。そして 自宅でも奥さんが不在の場合は おじさんが食事の用意をすることにしている。そして昨年のおじさん入退院後は おじさんが自身の昼食は自分で作るからと、買い物から炊事まで自分でしている。そこで おじさんの昼食は考えず、ばあ様自身が昼に食べたいものを作りなさいと言っている。そんなことからか?すぐ生協のレンチン冷凍調理済食品などを買うので、冷蔵庫の中に貯まって 古くなって腐ると言ったりするが、おじさんは 野菜中心生活なので そんな冷凍食品に手を出さない。それ故 買うなと言うのだが・・言っても聞かないので 放置している。
基本的に ばあ様の買い物を含めて 生活・行動を見ていると 周囲に私は元気と言いたい・伝えたいとのようなニアンスがあると思っている。近所の店にセニアカーで出かけ、使いもしないものを購入して 奥さんに渡す。例えば 食パンなどを購入するのだが、朝出すと食べない。そこで ばあ様に「食パンは買わなくて良い」と奥さんが伝えたら・・2週間ほど止んだが、3週間目には3枚パックを生協で注文して届いた。奥さんも やはり食べたいのかと思い 朝食に出すと・・やっぱり食べない。そんな訳で 奥さんには ばあ様の行動は 他人に対して話したい あるいは買い物するのは 元気で生活していると言うアッピール・ニアンス・ある種の見栄だろうと伝えて、放置・受忍してればよいと伝えている。
先日は ばあ様の誕生日に際して 孫一同としてプレゼントを送ってきたが・・孫に何もしてやっていないので・・受け取れないと言い始めた。また 下手なプライドの持ち方・出し方を誤っていると思った。自分が歳を取り無理なども出来ないので・・今までを感謝してのプレゼント・・有難いことと周囲の配慮を受忍すれば、嬉しいだけで終わるのに・・という事である。性格なので仕方がないのかもしれないし、普段からおじさん達も自主的なことを容認して、小遣いもあり セニアカーなどで自由に行動出来てる為かも知れない。
何気なく奥さんに言うことが・・奥さんを怒らせる。同じ土俵に立って判断するには・・ばあ様は既に力不足になっていることを ご本人が最も分かっていない。やはり親子関係を逆転させて考えないといけない年齢となってるようである。毎日付き合うおじさんなど まだ自分は先に行動できると ばあ様が行動を始めるが、そのスピードと効率などはスローなのでどうしようもなく 待つしかない・・ある程度 勝手にさせないと・・本人にストレスも貯まり 機能訓練と思い見守る。結果 おじさんがストレス一杯となり易いが・・「まあ しゃあない!」と考えるようにしている。
連休中に孫とひ孫が来た時は興奮気味で、奥さんがひ孫と遊んでいるのを・・うらやむような気配さえあった。おじさんなどは 普段の連絡は奥さんがしているので、最初から懐いて来るのは諦めている。そんな中 ばあ様は 楽しくひ孫と付き合っていたようであった。好きに生きられているようである。
しかし 看てるこちらが・・疲れる