老後生活をはじめて思ったことが、振り返ることの出来る余裕が出来たことである。正直 記録魔的に暮らしてこなかったので、万事適当に予定表にチャチャと書いてメモ程度で過ごしてきた。その為 日々の考えをまとめることもなかった。
今頃の季節から 手で図面を書いていた頃は 手の汗などで大変だったが、幸いおじさんは1年ほどしか手書きしていない。半年もしない内に サラリーマン時代の貯えを入れて CADに変えた。そんな訳で手描きでの苦労はあまり体験しなかった。
おじさんの時代はトレーシングペーパーに直書きしていたが、それ以前はケント紙に鉛筆書きした後、トレーシングペーパーに烏口(からすぐち)などで墨入れしていた。この仕事をするのはトレーサーと呼ばれた。おじさんの学生時代がその最終時期であった。仕事はコピー機の進化とともに変わっている。青焼きから 現状のコピーへの変化の時代である。
鉛筆などで書く手書き図面の際は 後のやり直しに手間が掛かるので、スタート時はきっちり方針を決めないといけない。一度消してる最中にトレーシングペーパーにが破れるなどの・・努力がすべて無になることもあった。原則 おじさんの会社はCADによるトレーシングペーパーでの納品 あるいはデータによる納品であった。その間 トレーシングペーパーがフイルムに進化して破れなくなるものが渡されたり、フロッピーでの手渡しからデータのモデム通信そしてインターネットでのメール送受信に変わっていった。
CADでは 鉛筆などで書いていた時代と違い、図面が汚れたり 手の水分で図面が伸びたりと変化することもない。線の太さの変化あるいは濃さなどに気を使うこともない。字を書くのもキーボード・マウスで書けば、位置から字体まで自由自在・・下手しても回転させたり、変形したりで対応出来た。そして修正は短時間で実施できた。
発注側も受注側も そのあたりのことを理解しているので、最初から細かいことまで指示をしないので、スタート時はたたき台的に設計していた。出来たところで 担当者との摺り合わせ 志向・趣味・目標などを聞き 変更アレンジする。CAD以前は慎重に打ち合わせして、仕事をスタートさせていたが・・いつしか大きく変更する場合以外は なあなあ・それなりになって・・いつしか担当者より おじさんの方が年上になって・・好きに書いて説明するようになっていた。
AI
休業する前 最も考えたのは ほぼ船級・大きさなどで似通っている船舶設計なので、将来的には 過去の設計を学習させれば 機械が自動的にやってくれるだろうという想定である。船体の形はほぼ変わらないので、勝手に叩き台程度は作れるとの考えである。後は担当者自身が 幾らか手直しをすればよい。
また2次元CAD普及の頃から3次元モデル化を進めていたのだが、人件費の安い中国・韓国他などでモデリングするなどしていた。外注時間・費用が余計に係るが、組み立てる現物での製作のミスを減らせるので利用されてきた。それでもまとまった数の隻数を作らないと 時間コスト的には疑問もあった。しかし日本が多く進水させていた同型船が多いバルクなどは問題ないと思われた。
その後 世界の造船業でも 同型船の大量受注がトレンドとなり、価格競争などから中国が中心になっていく。しかし その中国でも 人の高齢化と産業の陳腐化などで、将来はベトナム・インドに負けていくと考えている。
また おじさんの仕事自体が第1船目を書けば、後はコピー・コピーとなるので仕事は減っていく宿命を負うことになった。同型船の受注とCADでのコピーの容易さから、コピー全盛時代となる。モデラーが言う プロトタイプと量産型・・ガンダムの世界と同じである。
仕事は子供に繋ぐことは諦めた方が良いと 早期に判断していた。一応 財閥系・独立系の大手と呼ばれる会社から仕事をいただいてたので、外から経営的に見れば問題ないが、将来的にはダメだろうと想定していた。
ついでに余談として書くが 仕事は始めてから、仕事上の実態的特質とブレークスルーのポイントが見えてくる。事業を開始して 初期の目的通り営業できるのは半分もないと思っている。別の何かに気付いて、方向を変えて・・・ということが多い。机上だけではわからないことは多く、どっぷり業界・その道に入って気付くことが多い。
それ故 おじさんは子供・後進にはやってみろ!遊べ!体験しろ!と思っている。時代を感じながら 飛び込んで泳いでみることが大事である。外から見たのではわからないことが・・数多くあるから世の中は面白い。そうすれば 何をすべきかとのことも見えてくる。
おじさん 最近造船関係が明るいと知人から聞いたが、正直信じられない。ほぼ大手が新造をやめたので、今治など独立系造船所が適正価格で受注・・というストリーらしいが、過去に人を整理し過ぎて 今さら業界に人が帰ってくるのも怪しい。中国系など現場に入っている労働者はこのまま仕事をしたいだろうが・・難しいだろうと考えている。
経過年数から2010年頃の大量建造船の更新も見込めるが・・・中国が落ちていく局面で 当時ほど船数がいるのか?という素朴な疑問もある。公害大気汚染対策などでの受注はあるだろうが、国内船主が中国に発注した最近を考えると・・そうは甘くないように感じている。何せ 国内の不動産の支えが出来ないので、輸出振興とデフレ輸出の旗を振ってる中国が なりふり構わず出てくるのは必定である。
昨年末には JMUが 新造船受注30隻規模。今期船価改善などとぶち上げていたが、どこまで新造なのか?エンジンルーム・燃料関係だけで終わるような気がしてる。経営上 赤字が続いていたのが 短期に解消するだけのように思っている。