今年 子供の正月帰省はないことになった。仕事などの都合に合わせ適当にするとのこと それで良いと思う。
おじさんも燃料系会社勤務だったので連続運転部門などあり、本社で部署が変わっても緊急時の連絡要員などに駆り出され、分散して適当に休みを取っていた。(携帯電話が個人に普及していなかったのも主因と思うが・・)また家族に子供などに事情があれば、当番免除などがあった。盆暮れいつも休みを自由に取れなかった。そんな訳で若い頃から キッチリ正月休み出来るのは歳取ってからと思っていた。
また脱サラ後は下請けの悲しさ・・正月休み明け納品など 無理な仕事を割り振られ、逆に正月などはないのが実態であった。個人的には発注者の無理を聞いていたが、代休・社員他への正月手当など増額しないと仕事を受け取ってくれない・仕事してくれない。後年当然のこととして 請求額は幾らか鉛筆を舐めさせて頂いた。
従って普通に休日が続く正月を迎えたのは、65歳になってからである。
そんな経験から言えば、オンとオフを切り替え可能なのは 会社という組織をどうオペレーションするとの目的・方針が最も大事である。そして総意的な認識が社員全員にあるか否かが基本である。特に上層部に無ければ絵に描いた餅である。
おじさんの会社でも そのあたりの基礎となる組織的業務区分・組立などがネックであった。取引先の多角化など 会社としての規模拡大して備えるのが良いと分かるが・・どうしても踏み切れなかったのが主原因である。
独立創業した当時 中国が造船に進出しようとした時代であった。それ故 韓国・中国の発展について考え、将来日本の造船業はヨーロッパ同様となると考えたことである。現在の造船業界の状況はその時の予想と大きく違わない。世界の造船シェアなどは予想通りとなった。ハッキリ言えば「日本の造船業は コロナ前に受注したコンテナ船などを作って日本は凌いでいる。」と思っている。
その為 子供に仕事を継がせることは考えず、社員が増え過ぎれば どうしても造船退潮期に巻き込んでしまうか? 肩を叩くと思っていた。予想より数年早く訪れたが、大体の予想は当たっている。そんなことも重なり 会社経営者としてオペレーションを基本に組織を組み立てまで出来なかった。おじさんはダメだったと言うのが事実です。
オンとオフ
仕事とプライベートのメリハリを付けて、仕事のオンオフを切り替える方法などはネット検索などすればすぐ出て来る。しかし そんなことは個人の考えだけで実行できないと おじさんは否定的である。働く方全体(会社・社会)の基本的なポリシーが整った組織でなければ難しい。
多くのサラリーマンの場合は請負仕事などをしている訳でもなく、基本的には組織的の一員であり、緊急時には組織員同士は代理実行が可能な状態となっている。そんな事情があるからオンとオフの切り替えが可能だと嘯く(うそぶく)ことが出来、かつ勝手気ままな人間も出て来る。
中途半端と言うか、自信満々で俺がいなければ仕事がうまく運ばないなどと思う奴、厄介な行動をしてくる奴も出て来る。こんなのが上司となれば・・部下は社畜のようにされてしまう。部下は休日出勤などに付き合いたくもないという本音も言えない。
従って 遊びとのバランスを取れる人が仕事のできる人と思うのに・・会社として良い組織を作れない。実際は仕事も遊びも充実させていくには、組織を動かす「オペレーション」が最も大事と知ることである。有能な人材・戦力があっても、オぺレーションが間違っていればダメである。
現在のウクライナでのロシア軍のようなもので・・戦力はあっても兵士一人一人のオペレーションが出来ていないと苦戦する。命令と伝達そして指揮・・士官・下士官と兵士そんな関係が決まっていなければ、まともには戦えない。戦いが長引けば 士官・下士官と兵士の損害が無駄に増えていく。
最後に 戦力があっても 十分な補給をしてオペレーションを決めていなければ戦えない。戦争もビジネスでも当然な流れである。