3日前はまだバレンタインのチョコレートが並んでいた。隙間が各所に空き・・思わず芭蕉をパクリ・・「無残やな つわものどもが 夢の跡」と心で呟いてしまったことを思い出す。
ところが本日は「ひなまつり」で棚は埋められていた。「行雲流水」ただよう雲と流れる水。他の力にさからわないで、滞りなく動く。自然のまま、なりゆきにまかせて変化する。
祭りの後も祭りが来るだけと分かれば、人生祭りを追いかけ楽しく暮らすのが一番と分かる。しかし なんです お金が続きません。という訳で本日も「清く正しく美しく」と清廉(せいれん)に暮らしています。
節句
孫の写真に「ひな人形」がアップされていた。一箱に内裏雛が納められ、飾る時には飾り台の上にセットするだけである。子供夫婦が選んだものであり、後日請求書だけが送られてきた。マンションには階段状のセットはおけないので、子供が決めた商品である。
また来月がくれば、5月人形かカブト飾りの請求書が回ってくるかと思っている。下手に口を出しても飾ってくれなければ意味がない。孫に合わせ 自由に選べばよいと思っている。
それに我が家にも10段だったか?のひな人形飾りとそれに釣り合うようなカブト飾りがある。現状箱入り品となっています。子供が小さいうちだけですから、大きなものも不要かと思います。しかし田舎の家で格納する場所もあり、整理するのも思い出があるのでそのままです。
そういえば10年ほど前 ばあ様が押入れを整理している途中、姉のひな祭り掛け軸が出てきた。ばあ様がそれを見ながら「貧乏で・・」と話しだした。いい話かなと思ったが「無駄なお金も使いたくなかったので株を買った」との話に変化していった。我が家は俗物が多い。
なお おじさんも飾り台の上にカブトを載せるものがあったが、背後に刺す弓矢の飾りを持ち出し、竹で弓を作って実際飛ばして無くしてしまった。それ以降は親も出さなくなったので、カブト飾り残骸とケース入り牛若丸と弁慶 橋の上のシーンの人形は見ていない。