この季節が来るとボーナスを思い出す。サラリーマンを25年以上前に辞めて以来、手にしたことがない。サラリーマンであった頃を思い出して・・・書いておこうと思った次第である。
夏のボーナス、冬のボーナスそして会社が好況であれば、ボーナス同様の期末手当 昔は大変美味しく頂きました。おじさんの最高ボーナスは「年間6か月半超」頂いたことがありました。
しかしながら振り込まれた直後 右から左と流れゆき、手元に残るのは万札で両手まで。住宅ローンの支払いにボーナスを使って、即大半スルーの方もおられると想像すればマシだった気もする。思えば「均等払いボーナス支払なし」の代わりに 頭金を多く入れていたので、最初の5年程は厳しかった思い出がある。
みんなどこかで折り合いを付けて頑張っています。今では支払いも終わりましたが、自身の年齢66歳 平均余命まで20年足らずとなればリフォームもどうか?・・と思います。
昨日読んだニュースではサラリーマン諸兄の約70%がボーナス支給を受けるとのこと、有意義にご活用ください。 さらに大勢では3万円程アップし、中央値が60万円となるようです。 でも、おじさん同様受け取れない方も多いと思いますが、人生お金だけじゃないと考え歩まれるのが一番です。
今年の世相も まだら模様の年末になりそうです。
初ボーナス
サラリーマンになって初めて頂いた夏のボーナスは、寸志3万円だったと記憶している。ボーナス額は入社前の業績によるものとされるので、あくまで寸志であった。その為 親孝行などということはしたこともなく、また子供からも同様の主旨でなにかしてもらった記憶もない。
もちろん 子供は記載に異存があれば言っていただきたい。帰省時の手土産程度しか覚えがない。
おじさんは いくらかの貯金と寸志3万円を加え、スイス製腕時計を買った。今も家の片隅にあるが、普段使わないのでピカピカ状態である。特に超硬ボディにサファイアガラスと言う事で殆んど傷が無い。一月ほどで常時使用を辞めたのでそうなった。常時使用を辞めた理由は、おじさんのアレルギー的皮膚の弱さであった。腕時計の間の汗で「皮膚が痒くなる」のである。金属アレルギーでもないが、シリコン製他のバンドなどでも、1日中着けると痒くなる。
以前は懐中時計を利用していたが、携帯・スマホで時間が分かるので今は使用していない。
そう言う事で初ボーナスは無駄なものに化けたが、記念品としては残っている。
同様の理由でスマートワォッチも選択の対象外である。健康・心電図管理など分かっているが使えない。歳取って汗も減ったので使えるかも知れないが、前例があるので手を出せない。
転勤
おじさんの勤めていた頃は 勤務地で社員が分けられていた。事業所地域のみ、関西・四国など会社の決めたエリア内そして全国どこでもと転勤を選択できるようになった。給料も選択に合わせ決められ、役職なども決められるように変化した。ボーナスの月数も使い方も立場で異なった。
おじさんの入社した当時は全国どこでもというナショナル社員一択であった。従って転勤などすると、家族の帰省のためにボーナスの半分近くは使われた。また子供の転校・編入そして日々の赤字補填でボーナスを使うことも多かった。
本社勤務となって後、親の病気が分り 役職返上・勤務地変更・地域社員を申し出たが、認められなかったので退職させていただいた。その頃 塾の前に群れている子供を見て、このまま都会で子供を育てて良いのかと考えていた。人生転換の頃合いだったのかもしれない。また 介護離職の始めかもしれない。
年末年始 奥さん子供が帰省する時は、混んでない年末数日前に飛行機で帰っていく。おじさんは御用納めまで働き、部署&場合によっては事業所が連続操業であり、連絡要員などとして年末年始でも出勤があったりする。夏もほぼ同様であった。
帰る時は 30日みそかの新幹線自由席で立った状態であった。また新年の移動も行動のパターンは同じである。多分今も子供には 記憶も認識も無いと思い書いて置く。
今では携帯電話の発達で、連絡などスムーズになり現在のサラリーマン諸兄では年末年始の連絡要員などはないだろうと想像している。
最後に年末年始も仕事があり ボーナスも無い大変な方もいるかと思います・・・会社の居心地が良ければ辛抱するのが良い思います。ボーナスは成果の分け前ですので、明日を信じられる会社なら辛抱するしかないように思います。
おじさんの様に25年以上ボーナスなしの人もいると知っておいてください・・・上を見ればキリがない 下を見てもキリがない。生きていれば多くの方が感じることです。