林田町の西側の隣町は江尻町であり、祭りは 1週間早く 本日が白峰宮の秋祭りである。昼から降るとの予報だった雨が 6時過ぎから降っている。完全にお手上げ・・ツライ祭りスタートとなったようである。太鼓台を押しながら御花(ご祝儀)を集めるのも大変である。おじさんが物心ついたころから 江尻の祭りではほとんど雨になった覚えがないので、子供ながらに「流石 天皇さん」であると思っていた。崇徳上皇をお祀りしていた白峰宮は 今も神仏習合が多少残る形で残されている。

 基本的と言うか正確には明治の頃に 上皇の命日の慶応4年旧暦8月26日 勅使が派遣され、翌日旧暦27日に京都御所で即位式が行われた。旧暦9月6日に上皇の御霊が 京都の白峯宮に到着したとされ、翌日その御霊を明治天皇が参拝した。この時から 白峰宮は天照大神と金山御神体カナヤマビメとカナヤマビコを祀る神社となり現在にいたる。お寺の側の名称は天皇寺として88か所の札所にもなっている。そんな経過から 怨霊となった崇徳上皇の霊力から 神威が大きいとされた昔を思う。

 おじさんの住んでいる林田町にも 流された直後3年間ほど暮らしたと言われる「雲井御所」がある。同時に おじさんの住んでいる浜西地区にも「御游所池」と呼ばれる池(今や何のこっちゃと言う水溜まり)がある。また川を挟んだ西庄町側には 生まれた子供の墓であるとされる「姫塚」などがある。坂出市内には何かと崇徳上皇には縁のある土地ならではの話が残る。

 先ほど江尻太鼓台を押してるところと 車ですれ違ったのだが、法被姿だが 合羽も着ない状態で濡れながら押している方が多くいた。若いからいいものの・・無理はするなよ!と思った。今朝 浜西太鼓台もビニールに包まれて、濡れてる状態で空き地で置かれていた。今月7日に何時も置く広場で、粗大ごみ等の回収があるので置けないからである。8日夜に最終の準備などをして9日夜から動かす予定である。なお 今夜から子供太鼓台は町内を回って御花集めの予定である。そんな訳で夜までに天候回復と思っているが・・無理な気配である。地元なので・・子供太鼓は 子供に無理をさせず 適当に回れば良い。場合によれば回らなくても・・係が来れば 御花は渡そうと思っている。

 昨夜 祭りの渡御行列に参加いただく予定の方の身内に不幸があったとのことで・・一名が急遽不参加との連絡を受けた。先日からお願いしている方が75歳オーバーなので、事故代行と言うか?予備役をお願いしていた方に電話を入れ、ご了解いただいた。何があるか分からないのが お祭りなどの行事であり、単純に欠員することも出来ない。 さて 先ほど奥さんと御花等の用意を確認し、今夜の子供太鼓台来所に合わせて 奥さんが預かった。もう祭りはすぐそこである。

投稿者

おじさん

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