先日 正月に備えて徐々に正月用品を購入していることは書いたのだが、年末となれば借金の清算もしておかないといけない。おじさん 久々に車屋さんを昨日訪ね、「付け」の残額を確認する。修理・メンテナンスの度ごとに 幾らかは入れるのだが、いつもキリの良い数字で支払う。そんな訳で盆暮れには清算に行かないといけない。多目か?少な目か?その都度適当に支払っているので、どっちになるのか分からない。ことしの残額は三千円ほど不足していた。そこで五千円 支払ってプラスで年越しをすることにした。
商売を止めたので、原則つけ払いを止めたのだが、車屋さんだけ昔のままである。他には借金放置の取引を止めて・・いつもニコニコ現金払いにしている。
話を強引に 江戸時代に持って行くと 当時は年二回の集金だったようで・・盆暮れでの支払が原則でした。その為 おじさんの親などからは「節季(せっき 盆暮れのこと)」には、支払いを済ませることをおじさんたちは教えられて育ちました。これを「節季払い」と称して昭和の御代まで生きていました。
現在でもツケや分割払い・ボーナス一括など便利な支払い方法がありますが、江戸時代は通常の物品の販売方法として「掛け売り」が一般的でした。もちろん身元がはっきりしており信用がおける相手であることが前提ですが、購入者はその場で品物を受け取り、代金はあとでまとめて支払う、ということが多かった。店側は購入者と代金を台帳に記録しておき、決まった日にまとめて集金するという方法が取られていました。現在では相当なじみがないと なかなかあり得ない支払い方法です。この「掛け売り」の代金を回収する集金人を「掛け取り」と呼びます。特に大晦日は 一年の締めくくりなので、集金する側も 場合によっては される側も命がけです。商家は晦日(12月30日)に餅を搗くことは昔からの習いとされました。それは 今年の商いに問題なく 無事商いを終え年越しすることの象徴でした。

この掛け売り制度を打ち破ったのが「日本橋の三井越後屋」となります。それまでの販売は「屋敷売り」と呼ばれた訪問販売が中心 また支払も後払いの掛け払いがほとんどでした。越後屋は、「店前現銀売り(たなさきげんきんうり)」と言って、対面販売と定価での現金取引を始めました。対面販売では、お客さんにお店に来てもらい現物を見せながら販売する方式でしたので、現金取引にすることにより、掛け売りの取りぱぐれのリスク分として上乗せしていた分を差し引く事出来ました。そして、商品ごとに定価を設け販売しました。この定価で販売する方法は世界初だとも言われています。これらの2つの施策が江戸の市民に受け、越後屋は、急激に販売を伸ばして、一日千両を売り上げるとされるようになりました。
