東京にミドルシングルが集まる事態を迎え 将来を想像していろいろなご意見を散見する。これらを見ていると この事態は江戸時代からの伝統のようなものに思えている。江戸時代も各藩の参勤交代もあり、ミドルシングルの単身赴任の多さは目立っていた。また職人などについても同様で、女性よりも男性が多いのが江戸時代から連綿と続く伝統である。現在は女性の独身者数が増えているのと。希薄な関係でも金で補い生活出来ることが相違点である。

 明治に入り参勤交代・箱根の関所もなくなり「出女改め」もなくなり・・変わっていく始まりとなった。江戸幕府は、江戸から出ていく女を関所に監視させるだけでなく、女性一般の移動を関所によって強く制限していたわけである。これまでは「入り鉄砲・出女」は教科書で習うが・・「入り女」も規制の対象であった。関八州での規制はいったいなぜか?と疑問がわく。現在の考えは 各地域の人口を維持するためであった。地域の女性が他所へ移動してしまえばどうなるか。子供を生むのは女性ゆえ結果として人口は減ってしまう。それが農村であれば、農業生産力にも影響をおよぼすだろう。だから幕府や諸藩は、女性を土地にしばりつけようとしたと考えられている。豊かになった余裕が ミドルシングル女性増加の原因の一つと思う。

 また 幕府が元和年間に人身売買を禁止したにもかかわらず、17世紀後半までの借金証文に、借主が貸主に対して自分の女子を取られ、売ってもかまわないという「人身売買に関連するような文言が書かれた」ものが多く残っている。それ故 時代劇で帯を解かれながら「アレー 旦那様 理不尽な・・」ようなシーンは監視の対象であった。「逆に社会的に『売買もの』も存在していた可能性」を指摘し、関所が大名の妻子(人質)の逃亡の防止や人口減少の防止に加え、女性の人身売買を検閲する機能があったのではないかと論じられている。昔から 東京は多様性を深く広く許容する社会になっていた。

 近年 東京に35歳から64歳のミドル期のひとり暮らしが増加しているとの動態調査結果になっているが、究極の点では心配していない。だが お金さえあれば楽しく暮らせる都会の生活 どっぷりつかるのも良いが、ミドルを過ぎて次のステージのシルバーに至った時が大変に思えて来る。

 おじさん 年齢を経るにつれ 奥さんのことなどは手抜きとなっていることなど 気付いてはいる。まあ 奥さんの言動などを見ていても おじさんと同様で 手抜きは増え、遠慮はなくなっている。お互い様なのだが 声を掛けるなどやらないといけないと思いつつ日々過ぎていく。ここ数日にあった子供の帰省で やはり子供が孫がいるから・・無理しなくても関係性が保たれている事を感じた。

 そんな訳で 東京暮らしのシングルは高齢化した場合などもも考えて、周囲と折り合いを付け、「来し方行く末」考え 生活すべき時代と思っている。結婚じゃなくても同居・同棲でも良く、お互いが助け合いながら関係を保ちながら歳取ることを考えれれば・・・理想かな?と思っている。

 もちろん 法律的関係の有無は置いといて、妊娠・出産・育児の生物的関係が大事に思えている。おじさん自身が振り返ると 半分位の努力と言うか無理をしなくても子供・孫と遊んでいるだけで関係性が保たれていると感じる。この「楽さ」はシングルに理解いただければと思う。

ダサく生きたが・・・得なようである

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おじさん

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