先ほど TVerで「磯田道史の歴史をゆく」との番組を見ていると西郷隆盛の書の話が出ていた。西郷は墨をタップリ漬けて文字がかすむまで書く。再び墨をタップリ付けて同じことを繰り返して書く。そして揮毫が終われば点をグリグリ筆を回して押さえる。点に力が込めてあるらしい。書を書くに当たり 紙の周囲を立ち会うものに押さえさせたことが多いので、最後の線が伸びることもあったらしい。
そして署名は自著はするが その下に印を求められても 印を押さなかったものが多いと言う。書いてくれと言われて、「書いているのを横で見てたのだから 間違いないいだろう」と答えたらしい。つまり鑑定団で真偽がよく言われるが・・作品の出所が間違いなければ・・本物であるとのことである。
コリャジャー 掛け軸の偽物が良く出てくる訳である。常に同じ特徴を持って書くことも難しいので、やはり西郷隆盛の書を多く見たものにしか 判定が付かないのだろうとは思うが・・誰もいない場合 初見であっても 最初の取捨のネタにはなる。
本物・偽物数あり・・だます人も だまされる人も引きが切らない。もっとも悪いのは 偽物と分かっていて だまして金を得る人間である。コナンの様に「真実は一つ」なのだろうが・・騙すのに 型にハマったものは少ない。どこかに変化させたアレンジが組み込まれて変わっているように思ってしまう。最近聞く振込詐欺も 最初の頃は「オレオレ詐欺」と言う 身内の中で助けて!と電話して、年寄りを騙すもものだった。それが人数をかけて多段的に役割分担して詐欺を働くようになって来ている。警察官がおとり捜査などすることは 覚せい剤・麻薬以外 基本的にないので・・振り込めなどと指示することはまずない。話の全体概要を掴んで、形に惑わされず、大きさにたじろぐことなく、基本に立ち返ることが大事である。
おじさん 貧乏に付き・・なのか? そんな話がやってこない。