おじさんは子供に 水泳と楽器(ピアノ)は習うべきとスクール・塾などの送り迎えなどをしたことがある。第一の目的は溺れて無駄死にのような死ぬことがないように、泳げることが大事と思ったからである。従ってタイムがどうこうと言う事はなかった。それよりもどんな泳ぎをしても 1Kmほど平気で海で泳げれば事足ると思っていた。子供の頃 近所の池に落ち込んで2歳ほど下の子が亡くなった体験からでもある。遊んだり 少し努力するだけで自らを助けるスキルが身につく。

 海・川などで流された経験もあるので、多少泳げるからと言って流れに逆らって泳ぐことは無理がある。息を何とか継ぎながら流されて・・流れが淀み落ち着いた地点からが、生きるための泳ぎあるいは冷静にゆっくり直立してみることである。水深がないのに慌てて息継ぎをミスしてもがくことは多い。肺の中に空気がないと真水では簡単に沈む。

 海・川はプールと違い深さが異なり、流れ・波がある。そこで慌てないだけの泳力とスキルを付けていないと 慌ててミスをしてダメになる。近日高校生でも溺れ死亡しているのを聞けば・・プールだけの泳力では足りないと思う。学校での勉強だけでは実社会に出るには不安があり、大学卒業後も専門学校などに通う方もいるのと同じ状態である。おじさんは学校・プールなどでは 安全で理想状態と思いつつ、失敗を重ねることが大事と思う。息継ぎに失敗して水を飲んで慌ててもプールの底についた足でジャンプすれば、息継ぎをやり直せる。基本パニックにならないように 慌てずに処置出来れば何とかなる。

 学校の勉強でも 間違えることを繰り返すか、繰り返さないかに要点がある。出来なかった問題をチェックして再度解いてダメなら また再度と繰り返す。自身が苦手なことを自身に正直に補強していけば克服できることが多い。実社会においても同じで 慎重に物事を行うのが基本であるが、サラリーマンであれば分からぬこと・間違ったことは上司などの相談して訂正・調整していけば何とかなることが多い。実社会に出てもプールで水泳を覚えただけと思い、コーチである上司に相談しながら修正・訓練すればよい。色々な経験をしていき、自身に素直に向き合えば何とかなる。もっと言えば「失敗してナンボのもの」と思い出すことである。

 話しが逸れていきそうなので・・元に戻して「楽器」。才能が有るか否かはやってみないと分からないが、才能が有れば楽しいことになる。才能がなければ・・無理にさせることはない。神は乗り越えられる試練しか与えないと言われるが、それは各個人によるだろうと思っている。従って 子供からピアノを 辞めたいなどと聞けば、一度は引き止めるが二度目に聞いたら「そうか」と返事した。なお一回目に聞いた際は先生と話して、「音楽が嫌いにならなければいいです」と伝えて 再度お願いはした。結果は子供3人の内 中学3年まで続いたのは1人であった。

 なお書道についてもおじさんが悪筆なので・・書道教室に通ってはと思い、近所の書道教室に子供を通わせた。こちらは子供全員が中学生3年近くまで続いた。

芸は身を助けるとは 昔からの言葉である。

何事も 嫌いにならなければそれでよし!

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おじさん

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