おじさん昨年 年賀状を中止する旨を年賀状にて伝えたが、いくらか年賀状が届く。さあどうしたもんかと思うが、返信は原則しないことにした。
ばあ様はハガキが要るとのことで6枚は印刷済みをコンビニで手に入れ渡した。夕方には宛名を書いていたので 市内の郵便本局にて投函した。
決めたことは決めたとして実行するか否かが問われる。ズルズル引っ張れない性格が良いか悪いか 人の性格を別にして考えたい。
もちろんおじさんは 決めたら後は気にしないタイプです。
会社休業
コロナにともなう受注減に伴い会社を早く休業することになったが、おじさんの個人的感情としてはいささか承服しかねることが多い。だが時代のトレンドとしてはそれでよいと思っている。持続化給付金をはじめ各種継続するための金融機関融資が政府保証で実施された。だがこれらの資金を借りて自社を延命すべきとは考えなかった。
本来は持続化給付金等を受けた業界がリストラを行い、新しい時代に備えるなら納得するが、マスコミその他に誘導されて雇用確保に使ってしまった。コロナ後 借金を返しながら、次代に合わせた会社をどう作っていけるのかは難しいので疑問が残る。潰すなら潰した方が、立ち直りは早い。
現状 オミクロン株コロナの次のピークが迫っており、各地で続伸記事が飛び交う。こうなると「後出しじゃいけん」でのような意見が出て来るものである。責任を問われることなく、経済評論家・大学教授などは言っていたのに・・半ば得意顔あるいは犯人捜しめいた発言をする。
東京オリンピック前後からのコロナ感染者の激減、ワクチンが早ければと騒ぎ立てるマスコミ関係者も出て来ていたが、結果論でしかない。
いくらしたり顔で発言しても、安全な場所から余裕を持って眺めた結果の意見は軽い。自らが流れの中で踏ん張り生きる者にとっては参考にはならない。流れの中で 間違って気付かなければ足元をすくわれてしまう。気付いても瞬発力のようなものがないとズルズルになってしまう。
ここで思い出すのが日本人特有の「空気」の研究となる。以前にもいくらか書いたが、流された自分にもっと早く気付けと思う。これからも雇用確保・賃上げ・生活保護など流される話題には事欠かない。でも仕事する人間もマスコミも、覚悟を決め変わらなければならないことに 気付かなければ先は暗いままである。
しばらく前に「森友学園問題」など同じことを繰り返した野党が、選挙で敗北したのとよく似ている。
渋沢栄一
大河ドラマの総集編を所々見ながら、明治維新を考えた。そんな時 どれだけの人が亡くなり、没落・成り上がって行ったのか?と主人公 渋沢栄一以外のドラマの脇でどんな時代が流れていたのかとドラマ外のことに心が向いた。
例えば、栄一の2度目の奥さんは江戸時代末期の豪商の娘であった。家が没落し、彼女は芸者になろうとしたところで、栄一の後妻に収まる。そしてドラマでは 栄一の家庭外でなした子沢山などは取り上げられない。
常に表層を流れる流れと中層・底層を流れる流れはしばしば異なる。現在 社会の変革が静かに進行しているのだが、次の世界は、日本はどうなるのだろうとワクワクしている。全世界各国で通貨が発行され、金融がジャバジャバになった現状、誰もが未体験ゾーンな状態である。日本が参加しない1月3日の通貨市場 円安に一気に振られているが・・新年はどうなるかと考える。どこも手探りであることに間違いはないと思う。
おじさん現役引退とともにプールサイドで眺めるだけとなったお気楽さに・・感謝しつつも子供に直接あるいはブログで、頑張れと言ってやるくらいが精いっぱいの状況である。
だが ドラマにも出てきたが、渋沢栄一のような人間の子供は大変と思うが、おじさんの子供は お気楽と思う。おじさんなど気に留めることなく、思うままに歩いていける。健闘を祈ります。