「完璧」と口癖だった元上司が昨年亡くなった。もちろん性格的に「適当が一番」タイプのおじさんとは折り合いが良くなかった。おかげでよく始末書を取られた。サラリーマンで1,2年すれば お互いバイバイする確率が高いと分かっているので おじさんは当然我慢した。誰も 澱みなくなく万人と付き合えことは無い。過剰適応あるいは喧嘩するのはおバカのすることと思う。
折り合いの悪い上司とは それなりに付き合って・・・お茶でも濁しとけばよい。なお おじさんは職場で再会しそうなタイミングで会社を辞めて独立したので、その後は年賀状程度で なにもなし。もし人事異動が余りない職場の場合は、頼ることの出来る方あるいは折り合いの付け易い上司を 探すべしである。
おじさんの体験では 完璧主義者とは付き合い方は程々が大事と思う。
完璧主義
まじめ、完璧主義者、勝ち負けにこだわる人、人に素直に頼れない人などは 依存症あるいはだらしなくなる可能性が高い。こういう人は自分にプレッシャーを与え続け、またちょっとしたことで不全感を抱きやすい。そのうえ、ほかの人に弱音が吐けないということになると、酒に逃げたり、違法薬物に手を染めてしまったりする場合が多々ある。
ギャンブルやセックスは、勝っているときや女性を口説き落とした時などに、つかの間の万能感を得ることができるのか拘る方が多いのだろうか?。この手の完璧主義者や勝ち負けにこだわる人には、ほかで勝てなくても「勝った」快感を与えてくれるからか、勝負などがやみつきになって、お金をいくら損しても、あるいは社会的信用を損なっても、新たな「勝ち」(快感)を求めてしまうようである。
人に頼れない人は、薬物であれ行為であれ、それに頼ってしまう。アルコールも一人飲みのほうが危険だし、ギャンブル依存症でも買い物依存症でも仲間と連れだってやる人はまずいない。「人に頼る」「人とともに歩く」ことを覚えることが大事なことである。
完璧主義者 かくありたいなどの強い人は、人一倍努力をするが、予定通りなれないときに自分を責めてしまう。その上、苦しいときに人に頼れなければどんどん落ち込んでしまい、うつ病になりやすい性格傾向と言える。いったん鬱になってしまうとダメな自分を余計に責めてしまう。自殺という最悪の結末を迎える人にはこの傾向が強いと言われる。この辺りから依存症と同じ状況となる。
会社はグループで仕事するのが原則なので、完璧主義者と接するのは 多くの場合面倒くさい。
知恵の入替
色々人生を過ごして来ると、子供の頃から これが良い方法と思っていたことがひっくり返される。ひっくり返されるまでも行かなくても難破船状態 つまり知恵の見直しを余儀なくされたりする。子供の頃 我慢して続ければ(我慢する能力を身に付ければ)後でご褒美その他、後でより大きな報酬が得られるということを覚えて、人間は勉強し、仕事もする。目の前の誘惑があっても、それに負けていては 仕事にならないし 勉強もできない。幼児であれば、目の前の甘いものや遊びなどの誘惑にすぐに飛びつくだろうが、学校に通い、長い間の学習を経て、我慢したほうが得ということを学んでいく。
ところが 依存症のような状況に陥る方・陥った方は アル中のようにちょっと我慢したほうが不幸にならなくてすむことがわかっていてもやめることができない。現在では この知恵(ソフト)の書き換えのごときが発生したと考えられている。脳のメカニズムの変化のため、「意志」が破壊され、「やめたい」「やっちゃいけない」という意志があっても、やめられないし、ある一定期間やめられてもまた手を出してしまう。これは最悪の場合、社会的生命の破壊にもつながる。自滅行為である。
依存性物質(アルコール、違法薬物など)や依存に陥りやすい行為(一般的に快楽を伴う――ギャンブル、ゲーム、セックスなど)の側の怖さもさることながら、依存に陥りやすいタイプとならないように修正努力するべきかと思う。
植木等の「わかっちゃいるけどやめられない」の通り判断は簡単にできる。こうなると一度自分を振り返ること そして人に頼る・相談することが大事である。自身を呪縛から解き放つことが大事だと思う。
頭の健康
最初取り上げた先輩はうつ病にはならなかったが、酒が過ぎてのドジあるいは 社内で浮くなど多かった。
違うタイプもいる。今年退職予定の後輩 結婚後子供が生まれ、新居を建てていた。兄が早世し、実家に帰り、親と同居するようになった後、おかしくなり 別居・離婚と進みうつ病と診断された。何とか治療薬と精神科受診で乗り切っているとは別の後輩から聞いている。
頭の健康は働く上では重要である。美味しいものを食べ 熱い風呂に使って 温かい布団で寝て 朝が来ればさわやかに目覚める。これでストレスなしと云う状態に持って行けるが大切である。